大判例

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札幌高等裁判所 昭和61年(行コ)7号 判決 1990年8月09日

控訴人

松田静江

佐々木弘

齋藤稔

右三名訴訟代理人弁護士

入江五郎

大島治一郎

下坂浩介

高野国雄

被控訴人

北海道知事

横路孝弘

右指定代理人

榎本恒男

外一〇名

参加人

北海道電力株式会社

右代表者代表取締役

中野友雄

右訴訟代理人弁護士

廣岡得一郎

河谷泰昌

斎藤祐三

主文

一  本件控訴はいずれも棄却する。

二  訴訟費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人北海道知事が、昭和五一年八月三一日付けで参加人北海道電力株式会社に対してした消防法一一条一項の規定に基づく伊達発電所移送取扱所の設置許可処分を取り消す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  主張及び証拠関係

次のように付加、訂正するほか原判決の事実摘示の通りであるから、これを引用する。

一  原判決一三枚目表四行目の「凍結」の次に「の」を加え、同五四枚目裏末行の「本件」を「原、当審」に改める。

二  控訴人らの当審における主張

参加人の本件移送取扱所の構造、強度、設置工法等には欠陥があるから、本件移送取扱所が地震、地盤沈下、溶接欠陥、腐食等により破損して油が流出し、その結果火災、爆発等の災害が発生する蓋然性は高い。

また、控訴人らは本件移送取扱所から約一キロメートル以内に居住しており、そのうえ経済的理由により油種をC重油に限定することはできないから、原油を使用しないとの前提で被害発生の可能性を否定することは相当でない。

したがって、送油管が破損して油が流出すれば、保安設備の信頼度が低いことも禍いして、火災、爆発等の災害が控訴人らの住居に及んで、その生命、身体及び財産に被害を与えるおそれが多分にある。

たとえ送油管が破損しなくとも、送油管の存在そのものが環境を破壊しているから、事故発生の有無にかかわらず、本件移送取扱所は控訴人らに被害を与えるものである。

最近における大事故の発生は、科学技術への過信を背景とする巨大化と効率化が原因であって、本件パイプラインも例外たりえない。

工業の手法は、対象の平均的性質に着目してそれを標準的モデルで置きかえ、かつ部分の総和が全体を表現しうるという前提で成り立っている。この前提は、公害とか事故とかには適用できない。本件パイプラインの設計も同じ手法でなされているのであるから、工業的手法のもつ限界を免れることはできない。

1  控訴人らが原告適格を有しないとの判断の誤り

(一) 原判決は控訴人らの原告適格を否定して本件訴えを却下した。その理由の要旨は次のとおりである。

「本件処分の根拠となった消防法(以下単に「法」という)一一条一項等の規定は、公益の実現のみならず火災、爆発等の災害による生命、身体及び財産に対する被害を受けないという周辺住民の個人的利益の保護をも目的として行政権の行使に制約を課していると解することができる。したがって、本件移送取扱所において発生するおそれのある火災、爆発等の災害により生命、身体及び財産に被害を受け、或いは必然的に被害を受けるおそれのある周辺住民は、本件処分の取消しの訴えについて原告適格を有する。

しかしながら、本件移送取扱所の構造、強度、設置工法等に鑑みると、本件移送取扱所が地震、地盤沈下、溶接欠陥、腐食等により破損して油が流出し、その結果火災、爆発等の災害が発生する蓋然性は極めて低い。

また、本件移送取扱所ではC重油のみが移送されるという前提で原告らの被害発生の有無を検討すれば足りるというべきところ、C重油は流動点が高く常温では固化しており、引火点も高いという性状を有しているのであって、C重油のこのような性状、原告らの住居から本件移送取扱所までの距離(最も近い者で三〇〇メートル、最も遠い者で五〇〇〇メートル)及び本件移送取扱所に準備されている保安設備を合わせ考えると、仮に何らかの理由により本件移送取扱所の送油管が破損し油が流出するという事態を想定しても、火災、爆発等の災害が起こり、これが原告らの住居にまで及んでその生命、身体及び財産に被害を与えるおそれはないということができる。

したがって、原告らは本件訴えについて原告適格を有しない。」

(二) 原判旨に対する反論

原判旨の前記法律判断は狭すぎて不当であり、その事実認定もまた誤りである。

(1) まず、原告適格に関する法律判断であるが、原判決は行訴法九条の「処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利又は法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消しによってこれを回復すべき法律上の利益をもつ者をいうと解すべきである、とした。

しかし、原告適格の制限は、自己の利害に関係のない無用、無益な訴訟とか本案について理由のないことが一見して明瞭な訴訟などを排除することを目的とするものであるから、原判示のように「権利又は法律上保護された利益」に限定する理由はなく、より広く「法的保護に値する利益」を侵害されるおそれのある者は原告適格を有すると解すべきである。

すなわち、右利益は、本件に即していえば、控訴人らの生命、身体、財産に限らず、良好な自然環境を享受する権利(環境権、詳述すると、送油管の存在そのものが環境を破壊しているのであるから、事故発生の有無にかかわらず、本件移送取扱所は、控訴人らに被害を与えるものである。)ないしパイプライン災害の不安におびやかされずに生活する利益なども、法的保護に値する利益といいうる。

(2) 原判決は、本件パイプラインにより控訴人らが生命、身体、財産に被害を受けるおそれがないとして、控訴人らの原告適格を否定した。

この事実認定の誤りは、後に詳述するが、それはともかく、原告適格の有無の判断のうえでは、利益侵害のおそれは、証明する必要はなく、主張ないし疎明すれば足りると解すべきである。

原判決のような、利益侵害のおそれを証明してはじめて原告適格が認められるとの見解は、原告適格の有無と本案の違法性の判断を混同することとなる。すなわち、控訴人らが本件パイプラインによりその生命、身体、財産に被害を受けるおそれがあることを証明することは、取りも直さず本件処分が法一一条二項の「危険物の貯蔵又は取扱いが公共の安全の維持又は災害の発生の防止に支障を及ぼすおそれがないもの」との許可要件に違反し、違法であることをも証明することに帰するからである。

原判決の立場では、原告適格が認められれば、それだけで、必ず本案でも勝訴するという奇妙な結論が導き出される一方で、処分のその他の違法事由(本件では、手続違反、技術基準違反など)の有無について、司法審査を受ける途を閉ざしてしまうこととなり、不当である。

(3) 原判決は、本件パイプラインが破損して油が流出し、その結果火災、爆発等の災害が発生する蓋然性は極めて低いうえ、C重油の性質、パイプラインと控訴人ら住居との距離(最も短い控訴人松田静江で三〇〇メートル)及び保安設備を考えれば、控訴人らの生命、身体、財産を害されるおそれはないと認定する。

また、原判決は、パイプラインから流出した油(C重油のみと限定することは誤りである)が地表ないし地中を通って控訴人らの住居まで到達し、その油が燃えることにより住居も燃えるという事態のみを「被害」と想定しているもののようである。

しかし、パイプラインから油が流出し、火災、爆発が起これば、数キロ程度の範囲の風下に、有毒ガスや火の粉が到達するし、延焼のおそれもある。

控訴人らは、四六時中自宅に留っているものではない。本件パイプラインは控訴人らの生活圏内にある。日常生活の過程で控訴人らが本件パイプラインにより接近することがあるのは当然である。

ひとたび、パイプライン災害が発生すれば、生命、身体、財産に直接の被害を受けなくても、避難やそれによる生活形態の変更ということもありえよう。これらも被害である。

原判決の被害のとらえ方は一面的で狭すぎ、多種、多様な被害の可能性を看過する誤りを犯している。

(三) 新潟空港事件についての最高裁平成元年二月一七日判決(判例時報一三〇六号五頁)は、従来の判例理論の大枠に従いながら、危険物、公害発生施設の許認可を争う付近住民の原告適格を広く認める趣旨を含む画期的な判断であり、本件においても尊重されるべきである。

すなわち、右判決が原告適格の基礎となる「法律上の利益」があるかどうかは、単に当該行政処分の根拠法規だけでなく、関連法規によって形成される法体系の中で決すべきものと判示し、また(飛行場周辺の)環境上の利益は、一般的公益にとどまるのではなく、個人的法益でもあると判示した点は、従来の狭い、実定法規基準説を実質的に修正したものといえる。

原判決は法一一条一項等の解釈から、移送取扱所の災害により被害を受けるおそれのある周辺住民は、その設置許可処分の取消しを求める原告適格を有する旨判示したが、この一般論自体は誤っていない。ただ、原判決は被害発生のおそれの有無の認定を誤った。

前記最高裁判決にいう「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者」の「必然的に侵害されるおそれ」とは当該行政処分自体によって現に被害を受けていなくとも、将来被害を受けるおそれがあるか、あるいは、当該処分自体によってではなく、それに通常伴う後続の処分ないし事実行為(本件に即していえば、パイプライン設置工事、油の移送)に起因して被害を受けるおそれを意味する。

原判決は、右の「必然的」の意味を被害発生の蓋然性が高く、切迫している意味と誤解していた疑いがある。

問題は、「被害を受けるおそれ」の程度である。これは被害の質と被害発生の蓋然性の二つの要素のかね合いで判断すべきである。少なくとも、生命、身体という最高の法益については、被害発生の蓋然性がかなり低くても(零でない以上)、原告適格を肯定すべきである。

前記最高裁判決は「その(航空機)騒音による障害が著しい程度に至ったとき」に原告適格を基礎づける利益侵害を認める旨判示する。これは、被害の質が騒音という単なる不快感から健康障害を生じさせるまでの程度の違いがありうるので、「著しい程度」との限定を付しているのであって、本件の石油類の爆発火災などによる生命、身体に対する侵害については、「著しい」かどうかなどは問うまでもない。

本件においては、消防法上の危険物とされている重油又は原油が、控訴人らの生活圏内において(地中又は地上で)大量に圧送されているのである。パイプラインが破損し、爆発、火災の発生する蓋然性は絶無ではない。事故の確率を零とすることは、技術的に不可能である。

原告適格を基礎づける「被害発生のおそれ」の程度は、法一一条二項の「災害の発生の防止に支障を及ぼすおそれ」の程度とは同じではなく、前者は後者より低いレベルでよいと解すべきである。

さらにいえば、消防法自体、技術基準に適合した移送取扱所であっても、油の流出、爆発、火災等の事故の発生がありうることを予定し、保安距離の確保(技術基準)、応急措置の協議(法一二条の五)、応急措置の実施義務(法一六条の三)を定めている。

これを受けて、参加人が制定した予防規定中の「緊急時の応急措置(<証拠>)」には、自衛消防隊の防災活動として、①油漏洩、飛散、流出等の拡大防止、②配管の防護、③地域住民に対する避難、誘導及び救護等を行うものとし、漏油時の処置として、a危険区域の設定(漏油の程度、付近の地形、可燃性ガスの発生状況その他周囲の状況を考慮し、危険区域を設定し、火気の使用を禁止するとともに安全ロープ等により立入禁止の措置をとる)、b漏油拡散防止措置(土のう又は土砂により堤を築く)等を詳細に定めている。

消防法は、事故の発生は避けられない(その確率の大小はともかく)との前提で、保安距離の確保、消火活動、住民避難等の措置により事故の被害を最小限におさえようとの趣旨なのである。

2  災害発生と被害の蓋然性判断の誤り

原判決は、災害発生と被害発生の蓋然性の根拠について被控訴人知事の主張を鵜呑みにし、誤った判断を下している。

ここでは原判決の判断の誤りについて要点のみを以下に述べることとする。

(一) 安全性検討の視点

(1) 事故とは何か

(あ) ここ一〜二年の間に、一九八五年八月日航機墜落、一九八六年一月スペースシャトル爆発、同年四月チェルノブイリ原発事故と大事故が相つぎ事故とは何かが改めて問われており、本件移送取扱所の安全性にも影を落している。人々の生活のスケールを超えた無理な巨大化と効率追求が科学技術への過信を背景に強行されてきた結末であって、その意味では、大型火力発電所の燃料輸送用高圧石油パイプラインの事故も例外とはいえない。

あるシステムが巨大化し、複雑となり、自動化されるほど、微細な異常が連鎖的に収拾しえない重大な結果をもたらす、といったことが多くの大災害にみられる。一つ一つの事象はとるに足らないトラブルであり、かつ極めて低い確率であったとしても、大災害はそれらの単なる総和として姿を現わすわけではない。個別のトラブル原因を除去することは、安全のために必要ではあっても、それだけでは決して十分とはいえない。

(い) 近代科学技術は、複雑な対象を単純なモデルに分解して、その平均的で再現性ある性質を数量化して扱う。それに対して事故は、そのようなモデル化から外れた要因が対象の動作にとって支配的となった現象であり、個別特殊な状態で起る、再現性のない数量化しにくい性質の発現である。それゆえ、近代科学技術は事故に適用しにくく、とくに、事故の可能性を示唆しえたとしても、その事故がいつ、どこで発生するかを予測することは不可能といえる。

ただし、自然法則は機械装置や構造物が作られるときにも、それらが事故を発生させるときにも等しく貫徹しているので、事故が発生した後に、その事態を近代科学技術によって解釈することは可能なことが多い。

(う) パイプラインを作る立場からは、全長にわたっての平均的な確率的な事故発生に関心があり、経済的には、建設費と運転維持費と事故対策費との合計を最小にしようとする。それゆえ、若干の事故発生確率をもつようにしておくのが技術上最適な設計施工となる。それに対してパイプラインの沿線住民にとっては、特定箇所の絶対的な事故発生に関心があり、オールオアナッシングの判断となる。したがって、住民は、突飛とも思える事態を想定して心配する。

たとえば「伊方発電所原子炉設置許可処分取消請求事件」の判決(松山地裁昭和五三年四月二五日判決(行裁例集二九巻四号五八八頁))は、二次冷却水系が故障で停止して炉心溶融につながる事故が起り得るとの住民側主張を「想定不適当事故」として斥けた。しかるに、周知のようにその一年後、一九七九年三月二八日スリーマイル島原子力発電所二号炉において、この住民側主張とほとんどそっくりの大事故が現実となったのである。

「予期せぬ事態」だから事故なのであって、予期されていたのであれば、はじめから壊れるように作られていたのである。

このことは、主観的には事故とならないように作ることが、事故を防ぐために必要であっても十分な条件ではないことを意味する。

作る側が「とならないように設計施工することとしている」という主張は、たとえその通り実行されたとしても、それのみでは事故発生防止を保証しない。

(2) 「技術上の基準」の意味

(あ) 技術基準と呼ばれるものは、個別具体的条件を捨象して一般的に規定しているからこそ「基準」なのである。それゆえ、災害を防止しようとするのであれば技術基準を満すことがもちろん必要なのであるが、それを満しているからといって災害防止に十分であるとは断定しえない。一般的にしか規定しえない「基準」である以上は、考えうるあらゆる個別特殊な状況を想定して具体的に規定してはいないからである。形式上基準を満していないからといって直ちに必ず災害が発生すると断定できないと同時に、基準を満していなければ災害発生の可能性が大きいと見込まなければならないし、個別状況を吟味しかつ総合的判断を下すことなしに形式的に基準を適用したのでは、決して安全性検討というに値しない。いわゆる基準を満しながら災害を発生させた事例は枚挙にいとまがない。

(い) 法一〇条四項の「技術上の基準」に限ってみると、随所に「堅固で耐久力を有し」との文言がみられ、それは一般的規定の但し書き例外規定として使われている。これは、パイプライン設置者に抜け穴を用意してざる法化しているというだけでなく、このような一般的抽象的文言は技術的には無内容であって、このような文言を首肯していけば、極端にいえば、技術基準は唯一行「災害を生じない位置、構造及び設備とすること」で足りることとなろう。

少し内容に触れるなら、危険物の規制に関する技術上の基準の細目を定める告示(以下単に「告示」という)一三条に規定するいわゆる耐震設計なるものは、地盤の弾性振動による変位を対象に計算している。

しかるに、現実の地震時の埋設管の破損は、地割れ、段差、ずれなど地盤の塑性的な残留変位によっており、弾性振動によって損傷を受けた例は皆無といってよい。したがって、この規定は、地震時の送油管破損のモデルとは全く無縁のものであるといわねばならない。

告示一二条の配管に係わる応力度の計算方法も、内圧によって生じる円周方向(フープテンション)応力度を基本に想定しているが、現実に生じている埋設管の破損は、外力による軸方向曲げ応力度が許容値をこえることによって起る。この場合も、安全性と無縁なものがモデルとして基準にもりこまれている。

(う) 前記のように安全性を保障するものとしての技術上の基準が不備であることがこれほど具体的かつ明白になっているにもかかわらず、原判決が「技術上の基準が不十分であり、かつ、誤りがあるとの原告らの主張を認めるに足りる証拠はない」ということの真意は理解しがたいものである。

(3) 保安設備等の信頼性

(あ) システムの安全性を強調したいときには、一般に、フェールセーフ(異常が起ると安全側に作動するもの。たとえば、埋設管と付随している通信ケーブルが切断したときに直ちに送油ポンプが停止する如し)とか多重安全装置、自動検出、警報などが述べたてられることが多い。

本件移送取扱所に関しても、原判決においては多くの項目が列挙されている。しかしこれらのものは必ずしも安全を担保するものではない。

保安設備をどんなに精緻に整備したとしても、結局のところどこかで人の手を必要とし、人の判断が介在するのであるから、人間である以上避けられない錯誤や人為ミスが混在し、それが事故に結びつく可能性が常にある。それどころか、保安設備やその点検作業がかえって人為ミスを誘発したり、拡大したりする例も少なくない(一九八七年二月一八日、東京管制部で無停電電源装置の点検作業をしたところ一時間の停電となり、全航空機が影響を受けたことがある)。

(い) いうまでもなく、保安設備は異常な事態に備えるもので、そのときに作動することが期待されている。しかし、その日常的点検は正常な事態のもとでなされる。たとえ模擬事故で点検したとしても、それは仕組まれた事故という形容矛盾となるか、あるいはチェルノブイリのように本物の事故を誘発しかねない。そして日常点検で作動していた保安設備も本番の異常事態では作動しないということにもなる。

したがって、保安設備ができるだけ不要であるような設計になっていることが望ましい。多くの保安設備が必要だということは、すでにそのシステムが人間生活に不適合なほど複雑巨大化していることの証左であり、保安設備があるから安全なはずだという逆転した思考は、技術思想の頽廃を表わしている。

(4) 自治体の責務

自治体の長の責務に関して、地方自治法二条三項一号は「住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持すること」と定める。

法一一条二項の許可に当たって、技術上の基準に適合するものであるかどうかの検討は、右により、住民の立場からなされなければならない。したがって、その地域の地形地質、気象などの自然条件並びに住居形態・生活スタイル・慣習などの社会的環境の特殊性を十分勘案して、住民の安全を確保しうる判断をなす責務を自治体の長は有する。

すでに指摘したように、被害を受ける可能性を有する住民が想定する事態は送油管設置によって利益を得る者の想定とは異なるものであるから、作る側に立つ専門家に安全審査を付託してはならない。

しかるに、被控訴人が安全性審査を付託した技術専門員会議のメンバーは、全員が「作る側に立つ」大学教授などであり、審査結果は、当然のことながら住民の立場からはおよそかけ離れたものであったし、専門員自身が責任を負いかねるものであった。

(二) 送油管破損と油漏洩の蓋然性判断への批判

(1) 地震の問題

(あ) 十勝沖に震源をもつ海洋型大地震あるいは有珠山の火山活動に伴う地震で、本件送油管の破損をもたらすような地震が起きる蓋然性は低いとする考え方の誤り。

過去において、伊達地方にもっとも大きな影響を与えた地震が一九一〇年の有珠山の火山活動に伴う地震であることは事実であるが、地震の記録はたえず更新されているから、右の地震に対して本件送油管が安全側にあるとする考え方がかりに正しいとしても、今後、伊達地方に本件送油管の破損をもたらすような地震が起きる蓋然性は低いということはできない。

(い) 十勝沖の海洋型巨大地震の震源地は、いずれも伊達地方から二〇〇キロメートル以上離れていることから、この種の地震に対して本件送油管が安全側にあるとする考え方の誤り。

マグニチュード八クラスの巨大地震の場合は、震央距離が二〇〇〜三〇〇キロメートルであっても、震度がⅤ〜Ⅵに達することがあるから、右の考え方は誤っている。

(う) 有珠山の火山活動に伴う地震は予知が可能であるとする考え方の誤り。

一九八六年一一月一五日以降の伊豆大島三原山の火山活動をみても、火山活動自身の予知も、それに伴う地震の予知も簡単にできるものでないことは明らかである。

このことは、有珠山を含む他の諸火山についても一般的にいえることで、現に一九七七年八月以降の有珠山の火山活動に先立って起った地震についても、そのあとに起った火山活動についても、だれも予知できなかったのである。

(え) 活断層についての認識の完全な誤り。

原判決は、現在知られている活断層は実在する活断層のごく一部であり、このことは伊達地方でも例外ではないという事実について、正しい認識をしていない。

<証拠>が刊行されたころは、活断層を詳しく調べることの必要性が、地質学者の間でまだ十分に認識されていなかった。「活断層が再活動すると地震が起こる」という考え方が地質学者の間でまだ定着していなかったため、断層の死活の区別は、地質学者の研究テーマにはなっていなかったのである。

参加人の調査によっても本件送油管の設置経路の周辺に活断層が存在するとの資料が認められなかったというが、参加人は地下に伏在しているかも知れない活断層まで調べたわけではないから、右のような資料が認められなかったことをもって、本件送油管の設置経路の周辺には活断層は存在しないとの結論を導くことは誤っている。

(お) シルト層の存在が本件送油管の破損のおそれを大きくしていることはないという考え方の誤り。

シルトは水に対して不安定なので、本件送油管のルートが地下水面が非常に高い場所に多いことから、わずかの外的作用によって安定を失い、送油管に損傷を及ぼすおそれがある。

(か) 地震時に地盤の隆起、陥没が発生する蓋然性が低いとする考え方の誤り。

地震時の地割れや段差やズレなど、いわゆる塑性変形が地盤に発生することは周知の事実であって、技術基準ではそのような塑性変形を対象としそれに耐えうるように規定してはいないのであるから、この技術基準に依拠して設計、施工されると称される本件送油管が地震時に破損する蓋然性は極めて高いというべきである。

(2) 地下水の問題

(あ) 本件工事による地下水の賦存状態の変化を事実上否定していることの誤り。

本件送油管のルートは概して地下水面が高く、しかも地形的には山裾に沿い、海岸が近い。それゆえ、本件工事によって地下水の賦存状態が影響をこうむる条件はそろっている。そして、すでに指摘したように地下水流の異変を疑わしめるような諸事実が周辺住民より指摘されているのであるから、地下水の賦存状態の変化を否定することはできない。

(い) 置換砂中の地下水の移動量は、一日あたり五〇センチメートル程度であるとする北村証言(原審)をそのまま肯認したことの誤り。

地下水の流速は、とくに揚水井戸のあるところでは、地層の透水係数及び動水勾配に基づく計算値よりも実測値のほうがはるかに大きいことが各地で知られている。ゆえに、置換砂中の地下水の移動量についての北村証言(原審)をそのまま肯認した原判決は、明らかに誤っている。

(う) 置換砂の流出は、かなりあとになってから起こる場合もあることを事実上否定したことの誤り。

完成直後に、仮にルートすべてにわたって埋設時の状況にくらべ変化がなかったとしても、土の間隙中の水の流動によって徐々に微細な土粒子が流亡し、ついでそれより大きい土粒子も動かされて(すき間があくので)、ある程度の時間が経過してはじめて空洞形成など送油管に損傷を与えるような地盤内の変状が発生する、という可能性も否定することはできない。

(え) 完成後の掘り起こし調査で変状を認めないことにより置換砂流亡のおそれを否定することの誤り。

ある箇所の試験掘りによって何らかの変状が認められれば、他の箇所においても変状がありうるし、埋設管に危険を及ぼすほどの状態がありうることを推認させるに十分であるが、その逆は推認すべきでない。

(お) 透水係数の差が置換砂の流出をもたらすとはいえない、と断定することの二重の誤り。

「透水係数の差が必ず土砂の流出をもたらす」と控訴人らは主張しているのではなく、透水係数の差が土砂流出の誘因となってその可能性を否定できないと主張しているのである。また、たとえ透水係数に差がないとしても、微細な局所的不均質等によって「みずみち」が形成されることがありうることは、予期せざる道路陥没でみられるところである。

(か) 道路の亀裂・陥没といった現象の原因が確定できないことをもって破損のおそれがないと断定することの誤り。

本件工事とこれら現象との因果関係を否定するものがないのであるから、原判決でいう「単なる推測」は、現時点で、最も合理的な因果関係の説明である。

(き) 鋼矢板引抜跡の穴と空洞形成との関連性を否定した誤り。

鋼矢板を埋め殺しにする場合に比し、引抜く場合には、鋼矢板自体の容積だけでなく、引抜きに伴って鋼矢板に付着する土砂も引き上げられるのであるから、地下空洞が一時的に形成され、その空洞が閉塞されるということは、空洞周囲地盤を緩めることになる。しかもこの緩みは周辺一様に生じるとは限らず、局所的な欠陥をもたらす可能性もある。控訴人らが提出した写真群は他の写真群とともに少なくとも施工のずさんさを示しており、右可能性を認めるに足りる証拠である。

付言すれば、これらの写真は、地下水位が高く水で飽和された地盤の流動性が高いことを示す証拠ともなっており、地下空洞形成の(直接原因でないとしても)背景要因の存在を示している。

(3) 館山トンネルの出水と砂流出

(あ) 館山台地を安定した地盤とした誤り。

トンネルが通過する地盤としての適性の有無については、十分なせん断強度を有しているかが問題となる。館山台地の場合、拘束圧力の期待できる深部では強度が期待できるとしても、出口付近では土被りが浅く、かつ風化も進んでいるので、安定した地盤と断定することはできない。また、より重要な問題としては、掘削及び完成後の水に対する安定性である。トンネルでは大きな浸透力が発生するので、土粒子の安定が慎重に検討されねばならないにもかかわらず、原判決ではそのことを考慮せずに安定した地盤と断じている。

(い) トンネルからの水及び砂の流出の危険を無視した誤り。

トンネルからの湧水はそのものが危険なのではない。堅固な岩盤からの湧水はほとんど問題にならないが、以下に述べるように土砂からの湧水は危険な兆候である。したがって、館山台地の場合は、地下水が流れ出ているというだけで安全性に疑問が生じるのである。

本件で非常に重要なのは砂の流出がみられることで、地下水の透水力によって砂粒子の安定が破られたことを示している。

これは土砂が流動し、その流出はみずみちを形成し、トンネル背面が空洞化したり崩落したりする可能性がある。そして、トンネル覆工への異常な荷重が発生し、破壊されるなら、その中に設置された送油管が損傷される蓋然性が高い。

(う) 設計変更によって安定性が保たれるとすることの誤り。

トンネルからの水と砂の流出に対して鋼枠の補強を施したことは、事前調査及び設計が容易になされたか、あるいは着工後に予期せぬ異常事態に遭遇したかのいずれかである。鋼枠の補強は、無い場合に比し、有る場合の方が相対的に覆工の安定に役立つといえるとしても、鋼枠の補強によって今後の安定が保障されるわけではないし、むしろ、今後も予期せぬ事態が発生するかもしれないことを予想させるものである。

(4) 館山下の斜面安定解析

斜面が崩壊すれば、その近傍に設置された送油管は埋設されていようといまいと、一挙に破断されると想定されねばならない。斜面の安定解析は、斜面の幾何形状が与えられた場合、何らかの方法で地盤の性質(土の単位体積重量、強度定数である粘着力と内部摩擦角)を決め、斜面が重力によって崩壊しようとする回転モーメントと地盤の強度によって阻止しようとする抵抗モーメントの比である安全率を求め、それが規準値(本件の場合、告示二六条に定める安全率は1.3)をこえていることを確かめることである。

安全解析の方法は理論と経験からそれなりに確立されてきたといってよいが、別個地点に適用する場合、強度定数の決定に問題が生じる。現実の地盤は場所ごとに性質を変えているのにかかわらず、通常は限られた数の試料しか採取することができず、それをもって一つの層を代表する強度定数とみなさざるをえない。しかも試験方法の精度的制約から、試験結果として得られた数値は、地盤中の一点の値としてもある幅をもった値とみなされなければならない。すなわち、安定解析にとって、どの地点のどの深度から試料が採取され、どのような試験方法によって試験結果が出されたか、そしてその結果にいかなる解釈を加えてある層を代表する強度定数を確定したのかということが、重要である。本件においては、被控訴人も参加人もこの重要性を認識しておらず、館山下の斜面安定解析の具体的内容を説明することができない。

さらに重要な問題は、地下水位の想定である。斜面にあっては、地下水の存在が間隙水圧として有効応力を減じ、それによって土のせん断強度を低下させるにとどまらず、水流方向に浸透力を有することから、右回転モーメントを増大させ安全率を低下させることになる。概念的には、水流が斜面を押し出そうとすると考えればよい。しかるに本件においては、前記のように、地下水位が存在しないものとみなされ、そして現実にはかなりの地下水の存在が認められたのである。地下水位が存在しないという条件のもとでなされた安定解析の結果は、館山下の安定解析とは無縁のものであって、単に形式的な技術基準違反というにとどまらず、技術基準無視というべきである。この指摘を吟味することなく書かれた原判決は誤りである。

(5) 多数の技術基準違反の存在

(あ) 原判決は、本件移送取扱所が技術上の基準に違反しているとの控訴人らの主張を二一項目に整理している。被控訴人による「本案前の申立ての理由」には右主張に関して触れた箇所はなく、「被告の主張」では「技術専門員会議から…報告を得たことから、技術上の基準に適合していると判断する」とまとめている。すなわち、被控訴人は右二一項目の違反に直接具体的な反証をなしていないし、原判決の理由中では、右違反の存在を否定していない。

(い) 被控訴人がもっぱら依拠した専門員会議なるものは、次に示すように、総合的技術判断とはほど遠く、専門員が責任を回避せざるをえない内容であった。その必然の帰結として本件移送取扱所は、技術上の基準に違反する項目を多数含むことになった。したがって、被控訴人は、審査が十分行われなかったと判断し、住民側に立った独自の検討を開始すべきであったが、それを怠ったため地方自治法に違反することになってしまったのである。

(う) 原判決は「技術上の基準に違反しているとして、右違反が本件送油管の破損の原因となることについての具体的な主張、立証はない」と断定しているが、誤りである。

右二一項目の違反について、もし仮にその一つ一つが本件送油管の破損の直接原因とならないことが立証されたとしても、このように多数の違反が放置されてきたことの背景、被控訴人らの本件移送取扱所への取組み姿勢が事故要因を内包潜在させていないかどうかについて吟味されねば、火災発生の蓋然性を検討したことにならない。

右二一項目の違反の存在は、技術及び事故への道内での巨大企業である参加人の思い上った姿勢と公権力を有する被控訴人の「お上」意識を示しており、それは事故発生の温床をなしている。

(6) 技術専門員会議の実態について

(あ) 控訴人らが再三、専門員による本件移送取扱所審査のずさんさを指摘したにもかかわらず、このことは、原判決中の「原告の主張」欄には記載されていない。しかし、被控訴人が安全性判断の根拠とする技術専門員会議の実態を吟味せずに判決を下すことは不可能であった筈である。

(い) 数少ない現地調査のおり、住民が専門員に話を聞いてもらおうとしても、話を聞こうともせず、十分な現地調査もせず、参加人の資料を無批判にそのまま用いて審査したりするなど片寄った立場で審査した専門員がいた。

(う) ある専門員は、地下水流の変化を「透水係数」ではなく「湿潤密度」で考えるという初歩的で明白な誤りを犯している。そして被控訴人も道議会において、この問題にほとんど答弁できなかった。

(え) ある専門員は形式的な検討しか行わなかった。すなわち、安全性に関する総合的技術判断を回避した。

(お) 一九七六年三月三一日、専門員たちは、技術検討報告書を被控訴人に提出し、専門員を辞任した。専門員の任期は、設置要項では「本件移送取扱所設置許可を与える日まで」となっていたにもかかわらずこのような事態になったのは、専門員のずさんな審査が住民の矢面に立つことによって暴かれることを心配した被控訴人が処置したものであり、専門員が技術検討報告書の内容に責任を負えないことを告白したに等しい。

(三) 被害発生の蓋然性への批判

(1) 油種を「重油」のみに限定したことについて

(あ) 参加人は昭和五三年一一月一四日付けで通商産業大臣から伊達発電所の油燃焼用機器の使用油種を「原油及び重油」から「重油」に変更の認可を得たが、被控訴人に対しては約七年間この油種変更を届け出なかった。この事実は情勢を見ながら、場合によっては再度原油使用への変更の認可をとる意思があったためと考えざるをえない。本件移送取扱所には原油使用のための付属機器がついているからそれは簡単である。

(い) ところで参加人が被控訴人に油種変更届出書を提出したのは、昭和六〇年八月二八日で、原判決の出る一〇か月前のことである。これは原油が入手不可能だからという理由ではない(この点は次項で述べる)。それは本件移送取扱所に接して在住する者が原告を降りたため、原油さえ使用しなければ残った原告らに訴えの利益(原告適格)がなくなると判断したためである。

(う) 原判決は、参加人が本件移送取扱所の使用開始当初から原油の入手が困難であったといい、右燃料事情は今後とも変わらないとしている。しかし九電力会社による重油対原油の消費実績をみると、

一九七六年度(本件移送取扱所の許可された年)五七対四三

一九七八年度(参加人が通産大臣から油種変更を認可された年)五九対四一

一九八〇年度六六対三四

一九八三年度六一対三九

一九八五年度(参加人が油種変更を被控訴人に届け出た年)五七対四三

であり、一九八五年度になると原油の消費率がまた高くなってきた。さらに一九八六年度上半期(四月〜九月)では四九対五一とついに原油の消費量が重油を上回った。また、受入れ実績では四八対五二とさらに原油の方が多くなっている。

これは円高のため一九八六年六月の原油入着価格(CIF)が一キロリットル当たり一万三一四四円で同年一月の三万五二九七円に比べて六割以上も安くなっているのに対し、C重油価格は約三万七〇〇〇円(一九八六年四月〜六月)と同年一月〜三月に比べて二割の値下がりにとどまっているのが原因である。このため国内のC重油生産量は、一九八六年六月で二四一万キロリットルで同年一月の四〇八万キロリットルに比べて四割減となり一九七〇年以降、最低の生産量となっている。

現在の石油事情は、円高によって原油が入手しやすく、重油に比べて価格も安い。また、含まれる硫黄分も少なく公害対策上でもすぐれている。したがって、重油よりも原油の使用が現在国内電力会社のすう勢なのである。

我国の九電力会社(沖縄を除く)の一九八二年から一九八七年までの重油及び原油の消費実績は別表一のとおりである(<証拠>)。

被控訴人は、九電力会社においては、重油及び原油ともに消費量が減少しているのであるから、その消費実績を比較すること自体意味がない旨主張するが、同別表によれば一九八六年以降は重油、原油ともに消費量が増大する傾向がみられ、被控訴人の主張は正しくない。特に重油に対して、原油使用の比率が一貫して増大する傾向にあることを留意すべきである。

参加人の苫小牧発電所の一九八七年四月から一九八八年一二月までの燃料消費実績等(月別)は、別表二のとおりである(<証拠>)。苫小牧発電所においては、主として原油が使用されていることのほか、同じ発電所で、同じ時期に原油及び重油が燃料として使われていることが分る(一九八七年七月〜九月、一九八八年七月、一〇月、一一月)。

(え) 原判決は、次の理由から、本件移送取扱所においては今後ともC重油のみが移送され、原油が移送される可能性はほとんどないと断定する。

(ア) 本件処分においては、本件移送取扱所の移送油種は原油及び重油とされていたが、参加人は昭和六〇年八月二八日付けで移送油種を重油のみとする変更届出書を被控訴人に提出し、被控訴人がこれを受理したこと。

(イ) 発、着ターミナルの屋外タンク貯蔵所の貯蔵油種も当初は原油及び重油とされていたが、変更届により重油のみとなっていること。

(ウ) 伊達発電所の油燃焼用機器の使用油種は当初原油又は重油とされていたが、これを重油のみとすることについて昭和五三年一一月一四日付けで通商産業大臣の認可を得ていること。

(エ) 参加人は本件移送取扱所の使用開始当初から原油を発電用燃料として入手することが非常に困難な状況にあったのでC重油のみを移送してきたこと。

(オ) 参加人は、右の燃料事情は今後も変わらないので原油を移送することはあり得ないと考えており、伊達発電所の燃料油を供給している日本石油株式会社は今後も参加人が指定する仕様の重油を供給する旨確約していること。

(カ) 重油は原油から製造されるので原油のみが供給可能で重油の供給が不可能となる事態が発生することはない。

(お) しかし、これらの事実から、原油が移送される可能性は絶無と認めることはできない。

原判決も原油移送の「可能性はほとんどない」とあいまいな認定をしながら、被害発生のおそれの有無はC重油のみが移送されるという前提で検討すれば足りるとの飛躍した論理を展開している。

「ほとんどない」は「絶無」と同義ではないから、原判決は、誤った前提に立ち、誤った結論に至ったものである。

(か) 次に述べる理由を総合すれば、かえって、原油移送の可能性が「相当程度ある」と認めるべきである。

(ア) 移送油種を重油及び原油とする本件許可処分の内容、効力は、原判決のあげる前記変更届出及び受理の後も変わりがない。

(イ) 今後参加人が油種を重油から重油及び原油に変更するには、消防法上、同法一一条の四の変更届出をするだけでよく、変更許可を要しないと解される。仮に変更許可を要するとしても、形式審査で足りる。原油移送の問題は、審査ずみだからである。電気事業法四一条二項の変更認可が必要としても、同条三項により、原則的に認可される。

(ウ) 参加人が昭和六〇年八月二八日に油種の変更届出を提出したのは、専ら本件の裁判対策である。

参加人が電気事業法上の変更認可を昭和五三年一一月に受けていながら、消防法上の変更届出を六年以上も行わないで放置したのは理解に苦しむ。

原審における昭和六〇年五月二三日及び同年七月一八日の弁論で、原裁判所は、被控訴人らに油種についての釈明を求め、また、原油使用の場合における被害発生の可能性につき、その可能性がないとの主張を裏付ける立証がないが立証すべきでないかとの示唆をした。これを受けて、本件変更届出と受理がなされたのである。

(エ) 参加人が地元の市町村との間で締結している公害防止協定では、現在に至るも、使用油種を「重油又は原油」と定めており、これら協定には、被控訴人及び札幌通産局長が立合人として署名していることを留意すべきである(<証拠>)。このことは、原油使用の意図を示唆している。

(オ) 本件パイプラインは、当初から「重油及び原油」を移送する目的で計画、設計、施工されたもので、現在でも、両油種を移送できる基本構造に変わりはない。

被控訴人らも、九電力会社の重油対原油の消費実績が少なくとも相半ばしていることは認めており、また、同じ参加人が所有操業している石油専焼火力である苫小牧発電所の燃料諸費実績をみれば、大半ないし全部原油を使用している。これは原油の使用の方が、公害対策上及び研究上参加人にとって有利であることを如実に示す。

参加人が伊達発電所で、重油だけを使用するというのは、本件裁判対策と認めざるをえない。

(き) 被控訴人は、参加人が本件移送取扱所において「原油」を移送するには消防法及び電気事業法上の新たな許認可が必要である、という。

しかし、右主張は、一種の誤導である。

検討の前提として、本件許可と被控訴人のいう「新たな許認可」の関係を整理してみる。

(ア) 被控訴人は、次のように主張する。本件許可は、消防法に基づき、別紙伊達発電所設備概要図(被控訴人の原審昭和六〇年五月二三日付け準備書面添付のものを便宜援用する)の移送取扱所部分(延長二万五六四九メートル)を対象として北海道知事たる被控訴人がなした処分である。

他方、発ターミナルの燃料油タンク三基及び伊達発電所構内の貯油タンク三基についての設置許可はそれぞれ消防法に基づき室蘭市長及び伊達市長がなしたものであり、原油燃焼のために必要なボイラーのバーナー部等にガス検知装置等を設置するには、電気事業法上、通産大臣の認可を受けるべきものとされている。

すなわち、新たな許認可を必要とする対象施設は、本件移送取扱所とパイプ等で接続してはいるものの、これとは別個の施設であり、許認可権者も異なるのである。

(イ) しかしながら、移送油種を重油及び原油とする本件許可処分の効力自体は、他の行政庁の対象施設を異にする許認可ないし参加人の昭和六〇年八月二八日付けの変更届出とその受理によって、いささかの影響も受けない(被控訴人もこの立論そのものは否定していない)。

(ウ) また、参加人が今後本件移送取扱所で、原油を移送するには、本件許可処分との関係においては、法一一条の四の届出をすれば足りる。本件移送取扱所の位置、構造又は設備を変更しないで取扱う危険物の種類を変更するだけだからである。

(エ) この場合、参加人が本件移送取扱所の上流及び下流に接続して現在使用しているタンクをそのまま使用するという前提に立てば、その貯蔵油種を重油から原油に変更しなければならないのは当然であり、そのために室蘭市長、伊達市長から消防法上の変更許可を受ける必要がある。このことの意味は、右貯蔵油種についての変更許可がなければ、本件移送取扱所のいわば入口に原油を搬入できないこととなり、移送取扱所を事実上使えないということである。

したがって、極端な想定であるが、現在使用中のタンクは使わず、別の既設の原油用タンクを使うこととすれば、「新たな許可」は不要なのである。

また、燃料燃焼設備についての電気事業法上の通産大臣の認可は、本件移送取扱所の移送油種を限定する法的効力は何もない。ただ、伊達発電所のボイラーで燃焼する油が電気事業法上「重油」と限定されている限りにおいて、本件移送取扱所で、「原油」を移送する必要が事実上ないだけである(極端なことをいえば、発電所の燃料として使用しない限り、本件移送取扱所において原油を移送すること自体は、電気事業法上の問題を生じない)。

(オ) なる程、参加人が現在使用しているタンクをそのまま使用するという前提に立てば、原油使用のための消防法上及び電気事業法上の許認可をえていない現状においては、本件移送取扱所で原油を移送することは事実上できないし、その必要もない。

しかし、それは本件許可とはなんら関係のない制約であるし、今後容易に解消されうる。

(カ) 被控訴人は、参加人は今後とも重油のみを使用し、移送する意思であると強調するが、参加人の意思が今後とも変わらないことを保障する客観的条件は何もない。それどころか、我国の石油専焼火力発電所の燃料消費傾向からみて、重油のみ使用し、原油は一切使用しないということの方が異例であり、異常である。

参加人は今後、いつでも任意の時期に原油使用に方針転換することができる。その場合、あらかじめ、法一一条の四の変更届出のほか、前述の消防法、電気事業法上の許認可をうける必要があるが、これら許認可を受けるについて法律上、事実上格別な障害はない。

本件移送取扱所も、その上流、下流のタンクも発電所も、当初から「重油及び原油」を移送、貯蔵、使用する目的で計画、設計、施工されたもので、現在でも両油種を移送、貯蔵、使用できる基本構造に変わりはないからである。

(く) 被控訴人は、右許認可を受けることが著しく困難であるかのように主張するが、誤りである。要件を具備していれば、原則として許認可される(法一一条二項、電気事業法四一条三項)。

バーナー部等にガス検知装置等を設置するなどは、電力会社にとっては極めて容易な工事である。

被控訴人は、発ターミナル内のタンクの周囲に確保すべき空地の巾が重油(三メートル以上)と原油(一五メートル以上)で違うなどと主張する。

しかし、もともと発ターミナルのタンク三基のうち、一基は原油用に設計、施工されたものであるから(<証拠>)必要な空地は確保されている筈であるし、空地の確保などという物理的条件は、一般に達成可能と認められるうえ、必ずしも現在現に使用しているタンクをそのまま使わなければならないものではない。

原油の生だき発電や原油の貯蔵は、我国で広く行われているうえ、電力の生産は公益目的にそう事業とされているから、前述の消防法上及び電気事業法上の許認可申請が拒否されることはありえない(本件の場合、許認可権者に自由裁量の余地はないというべきである)。

(け) 被控訴人の主張及び原判決のいうように、本件移送取扱所においては、将来とも原油の使用は(ほとんど)ないとして本訴が却下され、これが確定した場合、その後に参加人の方針が変わり、前述の消防法及び電気事業法上の許認可をえ、かつ被控訴人に対し法一一条の四の変更届出をして、原油を使用するようになったとしても、控訴人らもその他の地元住民も、もはや本件許可処分を争う手段がなくなっている(出訴期間の徒過)という不当な結果を生じる。

それゆえ、原油移送の危険性の問題は、本訴において審査されなければならない。

(こ) 被控訴人は、原油の危険性については当該許認可がなされて原油を現実に移送することが可能となった段階、すなわち右の危険性が具体化した時点で判断されるべきであり、かつそれで足りるという。

しかし、右主張は誤りである。右にいう当該許認可は、本件移送取扱所自体ではない、その上流ないし下流のタンク及び発電所燃料燃焼設備を対象とする処分である。当該許認可の時点で、控訴人ら住民はその許認可を争うことはできるとしても、本件移送取扱所を対象とする昭和五一年八月三一日付け本件処分は、出訴期間の徒過のため、もはや争えない。しかも、原油の移送ないし貯蔵の危険性は、タンクとパイプラインでは異なるし、控訴人ら住民の住居との距離関係も違うから、貯油タンクについて将来争う手段があるからといって、パイプラインの原油移送の危険性の審査が不要になるというものではない。

仮に、日石室蘭製油所の揚油設備に現在加温設備が設置されていないとしても、今後同製油所ないし参加人が加温設備のある揚油設備を設置することは十分可能である。

被控訴人は、参加人が伊達発電所で原油を使用する場合、公害防止上、硫黄分0.11パーセント、流動点32.5度Cという性状を有する中国大慶産の原油のような低硫黄原油に限定せざるをえない、という。

なる程、火力発電所の燃料油は原油であれ重油であれ、公害対策上、硫黄分が低い方がのぞましい。

しかし、伊達発電所においては、使用燃料は煙突出口において、実質硫黄含有率が0.4パーセントのものとすると定められているに過ぎず(<証拠>「公害防止協定書」第五条(3))、それ以上、原油の銘柄(産地)や硫黄分の制限は付されていない。さらに、伊達発電所一号機には高性能排煙脱硫装置(四分の一スケール)が設置されているから一号機に限っていえば、硫黄分最大0.53パーセントの原油を使用することができるのである。

要するに、低硫黄原油を揚油する設備自体がないとの主張は、その前提が誤っているだけでなく、今後、本件移送取扱所で原油が絶対使用されないことを保障するに足りる客観的条件ではない。

(2) 保安距離について

原判決は、政令、規則、告示に保安距離が定められているとし、それが、火災、爆発等の災害から周辺住民の生命、身体及び財産を保護しようとするものと解しているが、これは誤りである。

規則二八条の一二第一号及び同一六第二号は、いずれも、「告示で定める水平距離を有すること」と規定していて、各告示で定められた距離は「保安距離」ではない。

建築物から、1.5メートルという距離は、既存の構造物に損傷を与えることなく送油管を設置することができるギリギリの離隔距離であり、少しでも慎重さを欠いた施工では損傷するおそれが十分ある。

したがって、この数値は、施工上の要請と解すべきである。

一九七三年三月二三日、千葉市において通産、建設、運輸、自治四省合同で実施された火災の再現実験によって、1.5メートルの距離にあるプレハブ住宅が焼失することが証明されている。このことからも、1.5メートルの距離は、火災から保護しようとするものでないことは明らかである。

新東京国際空港航空機給油施設埋設工事中止仮処分申請事件の決定(千葉地裁昭和四七年七月三一日決定・判例時報六七六号三頁)において、同裁判所は、申請人適格の判断において、被害は少なくとも一キロメートル以上の地域に及ぶとの申請人の主張を認め、申請人適格を肯定する根拠としている。周辺住民の生命、身体及び財産を保護しようとする目的で原告適格を判断するのであれば、この判例に依らねばならない。

三  被控訴人の当審における主張

控訴人らは、被控訴人の主張を理解せず、独自の見解を展開する。そこで、被控訴人は、当審において、まず原告適格につき、ついで本件伊達発電所移送取扱所の安全性に関し送油管の強度及び構造等につき、更に本件移送取扱所の経過地の地盤状況並びに各種の保安設備等について詳説したうえ、本件移送取扱所が消防法上の技術上の基準に適合し、同法一一条二項に規定する公共の安全及び災害発生防止の要件を充足していることについて、具体的かつ総合的に説明することとする。

1  行政処分取消訴訟における原告適格について

控訴人らは、取消訴訟の原告適格を定めた行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)九条にいう「当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」に該当するか否かは、専ら当該処分によりその者が被る不利益が、司法的救済の見地から保護に値するものであるかどうかによって判断すべきものであるとの見地に立ち、同条にいう「法律上の利益」とは、「法的保護に値する利益」をいい、法的保護に値する利益を侵害されるおそれのある者は原告適格を有すると解すべきであると主張し、この観点から、原告適格につき、原判決が、「当該処分により自己の権利又は法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消しによってこれを回復すべき法律上の利益をもつ者をいう」と判示した点を狭きに失するものと論難するが、以下に述べるとおり、控訴人らの右主張は失当である。

(一) 行訴法九条にいう「法律上の利益を有する者」の意義

(1) 行訴法九条にいう「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消等によってこれを回復すべき法律上の利益をもつ者に限られる(最高裁昭和五三年三月一四日第三小法廷判決・判例時報八八〇号三頁参照)。

その理由は、以下のとおりである。

(あ) 行政処分の取消訴訟における原告適格とは、訴訟物たる係争処分の取消しうべき違法性の存否について、原告として訴訟を追行し、本案判決を求めることができる資格をいう。この原告適格の問題は、わが国の行政訴訟制度(行政上の不服申立制度)が果たす二つの機能ないし役割、すなわち、実際に権利侵害ないし不利益を受けた国民を救済するという機能ないし役割と行政の適正な運用を確保するという機能ないし役割のいずれを主眼とすべきものかという根本的な問題を規制する極めて重要な要素であるから、取消訴訟における原告適格の有無を決定するに当たっては、行訴法が取消訴訟を設けた趣旨ないし取消訴訟の本質からの検討が必要不可欠である。

(い) 行訴法九条は、「処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる。」と規定し、同法一〇条一項で、「取消訴訟におては、自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消しを求めることができない。」と規定する一方、同法五条で、「国又は公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟で、自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起」できる民衆訴訟の類型を設け、同法四二条で、「民衆訴訟は、法律に定める場合において、法律に定める者に限り、提起することができる。」と規定している。これらの規定からすれば、取消訴訟は個人の権利利益の救済を目的とする主観訴訟であり、法律上の争訟(当事者間の具体的な権利義務又は法律関係の存否に関する紛争)に関する裁判手続の一環をなすものである。

(う) そこで、問題となるのは、法律が同じ主観訴訟である民事訴訟と並んで取消訴訟を設けた趣旨である。

行訴法が取消訴訟の対象として定める「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(三条二項)とは、行政庁が法の認めた優越的地位に基づき国民に対し具体的事実に関し法的規制をなす行為と解される。かかる行政庁の行為は、公共の福祉の維持、増進のために、法の内容を実現することを目的とするものであって、その行政目的を可及的速やかに達成せしめる必要性があり、また正当の権限ある行政庁により、法に準拠してなされるものであって、一応適法性の推定を受けるものであるから、法律は、これに公定力を付与し、仮にそれが違法なものであっても、正当な権限を有する機関により取消されるまでは有効なものとして相手方を拘束するものとし、これによって権利利益を侵害された者の救済については、通常の民事訴訟の方法によることなく、特別の規定によるべきこととしたのである(最高裁昭和三九年一〇月二九日第一小法廷判決・民集一八巻八号一八〇九頁)。

すなわち、かかる行政庁の行為によって権利利益を侵害された者が公定力のゆえに通常の民事訴訟によっては権利救済を訴求できないという不当な結果となることを防ぐため、取消訴訟の制度を設け、行政庁を直接の相手方として当該行為の効力を争わせることにしたものと解されるのであって、取消訴訟制度は、行政庁の行為の公定力を排除し、国民の権利利益の救済を図ることを本来の目的ないし主眼とする制度であり、行政の適正な運営を確保することは行政上の不服申立に基づく国民の権利利益の救済を通して達成される間接的な効果にすぎないものと解すべきである(前掲最高裁昭和五三年三月一四日第三小法廷判決)。

(え) このような取消訴訟の本質に照らせば、取消訴訟の対象となる行為は、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものであって、公定力により一応有効として取り扱われ、正当な権限ある機関により取消されるまでは関係者を拘束するものと解すべきであり(最高裁昭和三〇年二月二四日第一小法廷判決・民集九巻二号二一七頁、前掲最高裁昭和三九年一〇月二九日第一小法廷判決など)、かかる行政処分の法律効果として自己の権利を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがある者は、その回復のため処分の公定力を排除する必要があり、それだからこそ取消訴訟における原告適格を認められるのである。

(2) これに対し、控訴人らは、前記のとおり、行訴法九条にいう「法律上の利益」とは、原判示のように「権利又は法律上保護された利益」に限定する理由はなく、より広く「法的保護に値する利益」をいい、これを侵害されるおそれのある者は原告適格を有すると解すべきである旨主張する。

しかしながら、次に述べるとおり、控訴人らの右主張は失当である。

(あ) 控訴人らの立場では、行政処分の違法を争う者がその効力を否定するにつき実質的な利益を持つ限りは、それが法律上の利益であれ事実上の利益であれ、広く訴えの利益の要件を充足すると解することになるが、かかる解釈は行訴法九条が「法律上の利益」に限定している字義に合致しない。

(い) 保護に値する利益の判定基準が不明確であり、したがって恣意的解釈に陥るおそれがある。

(う) 控訴人らの立場は、行政処分の客観的違法の追及をも抗告訴訟の目的の一つとしてとらえるものであるが、行訴法一〇条一項の規定と整合性を有しないだけでなく、多かれ少なかれ取消訴訟に客観訴訟の要素を導入しようとするものであるところ、客観訴訟は法律の規定をまって初めて許されるべきであって、法律の規定に基づくことなく取消訴訟を客観訴訟化することは法解釈として妥当性を欠くのみならず、実際上も濫訴の弊を招き、行政権と司法権のバランスを崩し、法秩序を混乱させるおそれがある。

(え) 控訴人らの立場では、行政処分の法的効果として権利利益の侵害が生じるという関係を必要とせず、行政処分の結果によって事実上権利利益の侵害される可能性が存するにすぎない場合でも訴の利益を認めようとするものであるが、かかる権利利益の侵害については行政処分の公定力が及ばず、その回復のためには取消訴訟で公定力の排除を図る必要はないのであって、直接民事訴訟を提起すれば足りるというべきである。

(3) 以上述べたところによれば、行訴法九条にいう「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消等によってこれを回復すべき法律上の利益を有する者に限られると解すべきであり、法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益と解すべきである。

(二) 原告適格に関する主張・立証の程度

控訴人らは、原判決が、原告適格の有無を決定するに当たり、法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあることを具体的に主張・立証してはじめて原告適格を肯定しうるとの見解を採ったことを論難し、原判決の見解は、原告適格の有無と本案の違法性の判断とを混同することとなり、原告適格が認められれば、それだけで必ず本案でも勝訴するという奇妙な結論が導き出される一方で、処分のその他の違法事由(手続違反、技術基準違反など)の有無について司法審査を受ける途を閉ざしてしまうこととなり、不当であるとして、原告適格の有無の判断のうえでは、利益侵害のおそれは証明する必要はなく、主張ないし疎明すれば足りる旨主張するが、以下に述べるとおり、右控訴人らの主張は失当である。

(1) 前記のとおり、取消訴訟制度は、行政庁の行為の公定力を排除し、国民の権利利益の救済を図ることを本来の目的ないし主眼とする制度であり、行訴法九条にいう「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により、自己の権利又は法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消等によってこれを回復すべき法律上の利益を有する者に限られ、法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であると解するのを相当とする以上、行政処分の根拠法規が保護の対象とする権利利益が何であるかを法解釈によって求め、原告ら(控訴人ら)が右権利利益の帰属主体であることは原告ら(控訴人ら)において主張・立証すべきことは当然である。そして、前記のとおり、原告適格は、訴訟要件の一つであり、訴訟要件の存在は、原則として原告の立証責任に属する事項であることからも、また、その立証につき疎明で足りる旨の規定がないことからも、本案と同程度に証明することを要すると解すべきである。

(2) 次に、原判決の見解は、原告適格の有無の判断と本案の違法性の判断とを混同し、原告適格が肯定されれば、それだけで必ず本案でも勝訴するという結論が導き出されるかにつき検討する。

先に述べたとおり、原告適格は、訴えによって主張する権利が認容されるかどうかを裁判所が審理・判断するための前提である訴訟要件の一つであるから、裁判所は、原則として、原告適格の存在を認めたうえでないと本案判決をすることは許されない。そして、訴訟要件の機能は、もともと本案の審理をして判決しても、紛争の合理的・効果的な解決に役立たないというような訴訟をなるべく早期に排除し、真に解決するに値する紛争にのみに裁判所の力を集中し、併せて応訴の煩わしさから被告を解放しようとすることにあるから、訴訟要件の審理、判断が早期にしかも簡単にできる場合のことを前提としているものであるとはいえ、本案の審理と同じ程度の主張・立証あるいは本案の審理と併行して主張・立証し審理しなければ結論が出せないような場合も存在するところである。

そして、本件のように周辺住民が提起する伊達発電所移送所設置許可処分の取消訴訟においては、右行政処分の根拠となった法一一条一項等の規定の保護法益につき、原判示のように、「法一一条一項等の規定は、公益の実現のみならず、火災、爆発等の災害による生命、身体及び財産への被害を受けないという周辺住民の個人的利益の保護をも目的として行政権の行使に制約を課している」という解釈を採った場合、その限りにおいて、原告適格を基礎づける権利侵害ないし不利益の主張・立証が同時に本案である行政処分の違法性を基礎づける事実の主張・立証と競合し重なり合うという結果になるだけであって、原判決が原告適格の判断と本案の違法性の判断とを混同することとなる旨の控訴人らの主張は失当である。

なお、公有水面埋立法(昭和四八年法律八四号による改正前のもの)二条の埋立免許及び同法二二条の竣工認可の取消訴訟において、当該公有水面の周辺の水面において漁業を営む権利を有する者に原告適格が認められるか否かが争われたいわゆる伊達火力発電所関係埋立免許等取消請求事件において、最高裁判所(最高裁昭和六〇年一二月一七日第三小法廷判決・判例時報一一七九号五六頁)は、原判決(後記札幌高裁昭和五七年六月二二日判決)が第三者の原告適格につき、「第三者のために法律がとくに保護している利益を無視して行政処分のなされたときにのみ、当該処分の取消を求める利益がある」と判示した点をとらえ、右判示は、行政処分に取消事由があるときという本案の問題と原告適格の問題を混同しているとの上告理由に対し、これを独自の見解とみて一顧だに与えず、いわゆる「法の保護する利益救済説」の立場に立って上告を棄却しているところである。

(3) 控訴人らは、さらに、「送油管の存在そのものが環境を破壊しているのであるから、事故発生の有無にかかわらず、本件移送取扱所は控訴人らに被害を与えるものである。」として、控訴人らは本件訴えにつき原告適格を有する旨主張するが、その主張する環境の破壊の内容は一般的、抽象的であって、それをもって、到底前記法律上保護された利益として控訴人らの原告適格を基礎づけるものとはなしえないというべきである(札幌高裁昭和五七年六月二二日判決・行裁例集三三巻六号一三二〇頁など)。

2  災害発生と被害の蓋然性について

控訴人らは、原判決が、控訴人らの原告適格を判断するに当たり、本件移送取扱所において火災、爆発等の災害が発生する蓋然性は極めて低く、まして控訴人らがこれによりその生命、身体及び財産に被害を受けるおそれはないと判示して、控訴人らの原告適格を否定したことに対し、右は被控訴人の主張をうのみにした誤った判断であると論難し、更に「災害発生と被害の蓋然性判断の誤り」という標題のもとに、「安全性検討の視点」、「送油管破損と油漏洩の蓋然性判断への批判」及び「被害発生の蓋然性判断への批判」の三項目に分け、原判決の不当性を主張しているが、以下に述べるとおり、控訴人らの主張にはいずれも理由がない。

(一) 安全性検討の視点について

(1) 控訴人らは、パイプラインを作る立場からは、全長にわたっての平均的な確率的は事故発生に関心があり、経済利害としては、建設費と運転維持費と事故対策費との合計を最小にしようとする。それゆえ、若干の事故発生確率をもつようにしておくのが技術上最適な設計施工となる旨主張し、あたかも本件移送取扱所自体が事故発生確率をもつように設計・施工され、それを被控訴人が審査・許可したかの如く主張している。

しかしながら、本件移送取扱所においては、必要にして十分な強度及び構造を有する送油管を採用し、各種の保安設備等を設け、かつ、厳重な施工、監理の下に設置された上、厳格な検査を受け、さらに、適切な保守、運用がなされているところであり、また、以下に詳述するとおり、現段階で考えられる技術水準を踏まえ、安全性の確保に万全の措置を講じているものであるから、控訴人らの右主張は明らかに失当である。

(あ) 送油管の本管として使用する鋼管の強度、送油管の構造及び設置方法並びに本件移送取扱所の保安設備等について

本件移送取扱所は、強じんな鋼管を本管として採用する等十分な強度を有するよう設計された構造の送油管を適切な方法をもって設置するとともに、必要な保安設備等を設けるものであるから、その構造、設備において十分な安全性を有するものである。

(ア) 送油管の本管として使用する鋼管の強度

送油管の本管として使用する鋼管は、世界的に実績のあるAPI(アメリカ石油協会)規格五LX(ハイテストラインパイプ)の強じんなものであって、その強度についてみても、鋼管に常時作用する主荷重である内圧、土圧、自動車荷重、温度変化の影響等、一時的に作用する従荷重である地震の影響、他工事による影響等によって生ずる外力に対し、十分耐え得る強度を有するものである。

ちなみに、送油管の本管として使用する鋼管は、二〇トン級の大型車両の通行による荷重等についてみても十分耐え得る強度を有するよう設計されており、また、地震による外力に対してみても、伊達地方に過去最も大きな影響をもたらした明治四三年の有珠山地震と同程度の規模の地震に対しても十分耐え得る強度を有するものである。

(イ) 送油管の構造

送油管の構造は、外径318.5ミリメートル、肉厚(直管部)8.74ミリメートル(曲管部)9.5ミリメートルの鋼管を本管として用い、その表面を防錆塗料で塗装し、外周を水を通しにくく、かつ断熱効果のある硬質発泡ポリウレタンフォームで覆い、更にその外側を防水性、耐久性、耐腐食性に優れたFRV(ガラス繊維強化塩化ビニール)で外装したものである。

また、送油管は、設置する場所の地形、地質等の状況によっては、FRVに代えて本管と同等の強度を有する鋼管をもって外装する二重の管構造を採用しているものである。

なお、道路下を横断する等の特殊な場所においては、さや管内に送油管を設置することとしている。

(ウ) 送油管の設置方法

① 本管の接合に当たっては厳重な溶接施工要領等に基づき有資格者が被覆金属アーク溶接により行い、また、溶接部分については、すべて放射線透過試験等により検査し、溶接が確実に行われていることを現認することとしている。

なお、送油管のすべてにわたり最大常用圧力の1.5倍以上の圧力で水による耐圧試験を行うこととしている。

② 送油管の設置方法は次のとおりである。

a 一般埋設部(道路下、民有地、その他)

一般埋設部の送油管は、開削工法により用地境界から1.5メートル以上離れた地表からおおむね1.2メートルないし1.8メートルの深さの位置に埋設する。

b 地上配管部(発・着ターミナル内)

地上配管部の送油管は、地上にコンクリート架台を設けこの上に設置する。

c 道路横断部

道路横断部の送油管は、開削工法又は推進工法により地下に敷設されたさや管内に設置する。

d 線路横断部

線路横断部の送油管は、推進工法により地下に敷設されたさや管内に設置する。

e 河川横断部

河川横断部の送油管は、専用橋による場合にあっては橋りょう上に取り付けたさや管内に設置し、伏越しによる場合にあっては開削工法又は推進工法により計画河床高から約二メートル以上の深さの位置に埋設されたさや管内に設置する。

f トンネル部(専用隧道内)

崎守トンネル内の送油管は、一般埋設部と同様の方法により設置する。

館山トンネル内の送油管は、地上配管部と同様の方法により設置する。

(エ) 本件移送取扱所の保安設備等

本件移送取扱所の保安設備等として、運転状態監視装置、安全制御装置、圧力安全装置、漏えい検知装置、緊急しゃ断弁、感震装置及び強震計、電気防食装置、標識等を設置する。

① 運転状態監視装置

a 送油管系の運転状態を監視する装置

b 送油管系の圧力又は流量の異常な変動等の異常な事態が発生した場合の警報装置

② 安全制御装置

a 圧力安全装置、漏えい検知装置、緊急しゃ断弁、感震装置及びその他の保安装置の制御回路が正常であることが確認されなければ送油ポンプが作動しない装置

b 保安上異常な事態が発生した場合、送油ポンプ、緊急しゃ断弁等が自動又は手動により連動して速やかに停止又は閉鎖する装置

③ 圧力安全装置

a 異常圧力放出装置

本管内の圧力が最大常用圧力の1.1倍を超えないように制御する装置

b 圧力制御装置

本管内の圧力が最大常用圧力を超えないように制御する装置

④ 漏えい検知装置

a 流量比較装置

本管系(本管並びにその本管と一体となっているポンプ、弁及びこれらの附属設備の総合体をいう。以下同じ。)内の危険物の送油流量を測定することにより自動的に漏えいを検知する装置

b 圧力パターン検知装置

本管系内の圧力を測定することにより自動的に漏えいを検知する装置

c 非加温流体静圧測定装置

本管系内の圧力を一定に静止させ、当該圧力を測定することにより漏えいを検知する装置

b 加温流体漏えい検知装置

移送取扱所の運転停止中に重油等の温度変化による体積変化を測定し漏えいを検知する装置

e 微少漏油検知装置

以上の各検知装置で検知できない微少な漏えいを油の電気抵抗を利用して検知する装置

f ガス検知装置

専用隧道内等において可燃性ガスを検知する装置

g レベル検知装置

専用橋の漏えい拡散防止ピット等内に設置する液面レベル計により漏えいを検知する装置

⑤ 緊急しゃ断弁

地震等の異常な事態が発生した場合、直ちに本管内の送油をしゃ断する装置

⑥ 感震装置及び強震計

a 感震装置

地震が発生した場合、その加速度を検知し送油ポンプ等を連動させる装置

b 強震計

地震が発生した場合、その加速度を記録する装置

⑦ 電気防食装置

送油管等の腐食を防止する装置

⑧ 標識

送油管の埋設位置を表示する位置標識、注意を喚起するための注意標識、他工事等による送油管の損傷を防止するための注意表示

(い) 本件移送取扱所の設置工事について

被控訴人は、本件移送取扱所の設置工事に係る関係法令並びに参加人との間において締結した伊達発電所に係る燃料輸送パイプラインに関する協定書及び同協定細目に基づく検査、環境監視、その他監督指導を的確に行うため定めた「移送取扱所工事施工検査等実施要領」に従い、所部の職員をして、本件移送取扱所の設置工事の状況を調査させ、同工事がその設置計画の内容どおり実施されていることを確認している。

また、被控訴人は、本件移送取扱所の設置工事に関する調査業務を訴外北海道開発コンサルタント株式会社に委託し、本件移送取扱所の設置工事について、溶接に関する事項、掘削・埋め戻しに関する事項、送油管の材質等に関する事項、河川及び道路横断部等の工事に関する事項等を含む本件移送取扱所の設置工事の全般にわたる事項を専門的な見地から調査させ、同会社から報告を受け、参加人が設置計画の内容どおり本件移送取扱所の設置工事を適切に実施していることを確認している。

したがって、本件移送取扱所は、十分な安全性を有するものとして設置されていることは明らかである。

(う) 本件移送取扱所の完成検査について

被控訴人は、法一一条五項の規定に基づき、本管系内の耐圧試験、保安設備等の作動試験等を行い、本件移送取扱所がその設置計画の内容どおり完成していることを確認した上、その使用を認めたものである。

したがって、本件移送取扱所は、十分な安全性を有するものとして完成し、使用されていることは明らかである。

(え) 本件移送取扱所の保守、運用について

参加人は、本件移送取扱所の保守、運用に関し、保安のための巡視及び点検、取扱い作業の基準、補修等の方法、保安監督体制等を内容とする法一四条の二に規定する予防規程を定め、昭和五三年四月、被控訴人の認可を受け、これを確実に遵守することとしている。

また、参加人は、法一四条の三の規定に基づき、本件移送取扱所の保安に関する検査を毎年受けなければならないこととされている。

したがって、本件移送取扱所は、運用に当たっても安全が十分確保されているものである。

(お) 以上、詳述したとおり、被控訴人及び参加人は、本件移送取扱所における送油管につき可撓性に優れた強じんな鋼管を使用するなどしているほか、送油管の破損原因として想定しうる不等沈下、地震の影響、外部腐食、異常圧力、溶接欠陥、他工事による影響及び誤操作等に対する各種の対策並びに漏えい拡散防止対策等を講じているとともに、参加人において、本件移送取扱所の経過地全線にわたり、一日一回以上の巡視を行い、埋設部及びその近辺の状況等を確認するなど、本件移送取扱所の安全確保のための措置を講じ、その保守、運用を図っているところである。

したがって、本件移送取扱所が若干といえども事故発生確率をもつように設計・施工されたものでないことは明らかである。

(2) 控訴人らは、形式上(技術上の)基準を満たしていないからといって直ちに必ず災害が発生すると断定できないと同時に、基準を満たしていなければ災害発生の可能性が大きいと見込まなければならないし、個別状況を吟味しかつ総合的判断を下すことなしに形式的に基準を適用したのでは、決して安全性検討というに値しない旨主張し、さらに、安全性を保証するものとしての技術上の基準が不備であることがこれほど具体的かつ明白になっているにもかかわらず、原判決が「技術上の基準が不十分であり、かつ、誤りがあるとの原告らの主張を認めるに足りる証拠はない」ということの真意は理解しがたいものである旨主張して、あたかも被控訴人が、本件移送取扱所の設置を許可するに当たり、消防法に規定する技術上の基準を形式的に適用し、個別状況を全く考慮しなかったかの如く、また、技術上の基準が不備であることが証拠上明白であるかの如く、それぞれ主張しているところであるが、以下に述べるとおり、控訴人らの右主張も失当であることが明らかである。

(あ) 控訴人らが主張する個別特殊な状況の具体的な意味内容は必ずしも明らかではないが、それが、伊達地方の地域の個別的な地盤状況を指すとすれば、被控訴人は、本件移送取扱所の設置を許可するに当たり、本件移送取扱所の経過地の地盤状況を含め、法一一条二項が規定する公共の安全及び災害発生防止をも考慮に入れた総合的な安全性判断をなしていることが次のとおり明らかである。

すなわち、被控訴人は、本件移送取扱所の設置を許可するに当たり、参加人が、送油管の構造として、外径318.5ミリメートル、肉厚(直管部)8.74ミリメートル(曲管部)9.5ミリメートルの鋼管を本管として用い、その表面を防錆塗料で塗装し、外周を水を通しにくく、かつ断熱効果のある硬質発泡ポリウレタンフォームで覆い、更にその外側を防水性、耐久性、耐腐食性に優れたFRVで外装した送油管(FRV外装管)を使用し、また、送油管は、設置する場所の地形、地質等の状況によっては、FRVに代えて本管と同等の強度を有する鋼管をもって外装する二重の管構造を採用しているばかりでなく、その設置方法においても、一般埋設部(道路下、民有地、その他)の送油管は、開削工法により用地境界から1.5メートル以上離れた地表からおおむね1.2メートルないし1.8メートルの深さの位置に、地上配管部(発・着ターミナル内)の送油管は、地上にコンクリート架台を設けこの上に、それぞれ設置されるものであり、また、道路横断部の送油管は、開削工法又は推進工法により地下に敷設されたさや管内に、路線横断部の送油管は、推進工法により地下に敷設されたさや管内に、河川横断部の送油管は、専用橋による場合にあっては橋りょう上に取り付けたさや管内に、伏越しによる場合にあっては開削工法又は推進工法により計画河床高から約二メートル以上の深さの位置に埋設されたさや管内に、それぞれ設置されるもので、トンネル部(専用隧道内)にあっては、そのうちの崎守トンネル内の送油管は、一般埋設部と同様の、館山トンネル内の送油管は、地上配管部と同様の方法により設置されるものであり、特に、道路下を横断する等の特殊な場所においては、さや管内に送油管を設置することとし、また、館山トンネル出口から着ターミナルまでの間の、特に長流川河口部は、比較的均等な細砂で構成され、地震の際地盤が液状化する可能性がないとはいえないので、浮上り防止のため本件送油管を長さ五ないし二〇メートルの鋼管杭で支持することになっていること等本件移送取扱所の経過地の地盤状況に応じた安全性を配慮していること、さらに、本件移送取扱所の専用橋横断部ごとに漏えい拡散防止ピットを設置するなどの安全措置を採用していること等をも考慮に入れた上、本件移送取扱所が法一一条二項の規定する公共の安全及び災害発生防止の要件を充足するか否かを総合的に判断したものであって、単に消防法上の技術上の基準を形式的に適用したというものではないのである。

(い) また、控訴人らが主張する技術上の基準が不備であるとの具体的な内容は必ずしも明らかではないが、その主張に係る地震時における塑性変位(残留変位)は、現在の科学的、技術的知見では定量的に予測することは困難であるとされているところである。そのため、消防法に定める技術基準において、配管については伸びが大きく粘りがあり、破断しがたい材質のものにするため、規則二八条の四及び告示五条において、配管の材質の規格が定められ、また、配管の接合については配管と同等の強度を確保するため、規則二八条の七及び同条の八並びに告示一九条ないし二一条において配管の接合方法等が規定されている。さらに、規則においては、配管の有害な伸縮が生じるおそれがある箇所には、当該有害な伸縮を吸収する措置を講ずること(二八条の六)及び不等沈下等により配管が損傷を受けることのないよう必要な措置を講じ、かつ、配管に生じる応力を検知するための装置を設置しなければならないこと(二八条の二四)が規定されているところであって、右の技術基準が不備であるとする理由は何ら存しないのである。

そして、原審に提出された証拠を精査しても、控訴人らが主張するような技術上の基準が不備であることを認定するに足りる証拠は存在しないのであるから、控訴人らの右主張は、独自の見解であるといわざるを得ない。

したがって、「技術上の基準が不十分であり、かつ誤りがあるとの原告らの主張を認めるに足りる証拠はない。」との原判決の判断は正当であり、控訴人らの右主張には全く理由がない。

(3) 控訴人らは、さらに、保安設備をどんなに精緻に整備したとしても、結局のところどこかで人の手を必要とし、人の判断が介在するのであるから、人間である以上避けられない錯誤や人為ミスが存在し、それが事故に結びつく可能性が常にある、日常点検で作動していた保安設備も本番の異常事態では作動しないということにもなる、多くの保安設備が必要だということは、すでにそのシステムが人間生活に不適合なほど複雑巨大化していることの証左であり、保安設備があるから安全なハズだという逆転した思考は、技術思想の頽廃を表わしているなどの見地から、本件移送取扱所に設置されている各種の保安設備等は、必ずしも安全性を保証するものではない旨主張している。

しかしながら、控訴人らの主張は、いかに安全・保安対策を講じようとも抽象的には事故が発生する可能性を否定し去ることはできないこと及び異常事態に備える保安設備も異常事態では作動しないことがありうるという一般的・抽象的な可能性を示唆するにすぎないものであって、何らの具体性がないうえに、それ自体、保安設備に対する控訴人らの独自の見解を述べたにすぎないものであるから、失当であることは明らかである。

すなわち、保安設備は、そもそも、災害の発生を未然に防止しうるための安全性を確保するために設置するものであって、本件移送取扱所に設置されている前記の安全制御装置、圧力安全装置及び漏えい検知装置等の保安設備も、このような見地から設置されているものである。

そして、参加人は、この見地から、前記の如く、法一四条の二に基づき、昭和五三年四月、被控訴人の認可を得て前記の内容の予防規程を定め、これを確実に遵守して、本件移送取扱所の保安のための巡視及び点検並びに保安体制等につき万全を期することとしているほか、前記のとおり、法一四条の三に基づき、本件移送取扱所の保安に関し、被控訴人の検査を毎年受けなければならないこととされているのであって、この面からも本件移送取扱所の各種保安設備は、正常に機能することが確保されているといえるのである。

(4) また、控訴人らは、被控訴人が安全性審査を付託した技術専門員会議のメンバーは、全員が作る側に立つ大学教授などであり、審査結果は、当然のことながら住民の立場からはおよそかけ離れたものであったし、専門員自身が責任を負いかねるものであった旨主張している。

しかしながら、控訴人らの主張は、根拠のない推測に基づくものであることが次のとおり明らかである。

すなわち、被控訴人が安全審査を付託した技術専門員で構成される技術専門員会議は、本件移送取扱所が消防法にいう技術上の基準に適合するか否かにつき専門的な立場から審査し、もって被控訴人の総合的見地からする安全性判断に資するとの目的のもとに設置されたものであって、その構成員は、専門的知識を有し、かつ、本件移送取扱所の設置につき利害関係を有しない公平な立場に立つ一一人の学識経験者(技術専門員)であるから、その構成自体において、純粋に専門的見地からする公平な判断が期待されるものである。それだけでなく、右の技術専門員は、審議に当たり、送油管の敷設関係、材料及び保安関係の二部門に分かれ、それぞれの専門分野につき数か月間にわたり、公平な立場から慎重に、本件移送取扱所の安全性を検討したものである。したがって、その結果を記載し、被控訴人に提出された技術検討報告書には、高度の信用性と客観性が認められるのであるから、控訴人らの主張には理由がない。

(二) 送油管破損と油漏洩の蓋然性判断への批判について

(1) 控訴人らは、過去において、伊達地方にもっとも大きな影響を与えた地震が一九一〇年の有珠山の火山活動に伴う地震であることは事実であるが、地震の記録はたえず更新されているから、右の地震に対して本件送油管が安全側にあるとする考え方がかりに正しいとしても、今後、伊達地方に本件送油管の破損をもたらすような地震が起きる蓋然性は低いということはできないし、マグニチュード八クラスの巨大地震の場合は、震央距離が二〇〇〜三〇〇キロメートルであっても、震度がⅤ〜Ⅵに達することがあるから、伊達地方が十勝沖の海洋型巨大地震の震源地から二〇〇キロメートル以上離れているとしても、この種の地震に対して本件送油管が安全側にあるとはいえないし、参加人は、地下に伏在しているかも知れない活断層まで調べたわけではないから、参加人の調査によっても本件送油管の設置経路の周辺に活断層が存在するとの資料が認められなかったことをもって、本件送油管の設置経路の周辺には活断層は存在しないとの結論を導くことは誤っている旨主張し、原判決が、「十勝沖に震源をもつ海洋型大地震あるいは有珠山の火山活動に伴う地震で、本件送油管の破損をもたらすような地震が起きる蓋然性は低い。」と認定した点をとらえ、また、伊達町の地質には本件送油管の設置経路周辺に活断層があるとの記述がないこと、参加人の調査によっても本件送油管の設置経路の周辺に活断層が存在するとの資料がないこと等を理由として、「本件送油管を破損するような内陸直下型地震が発生する蓋然性は低い。」と判示した点をとらえて、原判決は、現在知られている活断層のごく一部であり、このことは伊達地方でも例外ではないという事実について、正しい認識をしていないと批判している。

しかしながら、控訴人らの右主張は、地震の記録はたえず更新されているとする点をはじめ、マグニチュード八クラスの巨大地震の場合は、震央距離が二〇〇〜三〇〇キロメートルであっても、震度がⅤ〜Ⅵに達することがあるとする点、さらに、現在知られている活断層は実在する活断層のごく一部であり、このことは伊達地方でも例外ではないとする点のいずれの主張も、その根拠が不明であって、何らの根拠のない推測を述べたにすぎず、結局は、地震に対する危惧の念を単に抽象的に表明したにとどまるものであって、具体性及び現実性を全く欠如したものであるといわざるを得ない。

すなわち、控訴人らのこれらの主張は、結局のところ、本件移送取扱所の安全性を判断するに当たり、そこにいささかなりとも本件移送取扱所の安全性に疑問をさしはさむ余地があれば、それだけで安全ではないとの見解に立脚したものと解されるのであるが、この見解が現実から遊離した具体性のないものであることは、次に述べる事実に照らせば、極めて明らかである。

(あ) 北海道周辺において、過去発生をみた巨大地震の震源地は、根室半島沖から青森県東方沖の海底下に分布し、これらの震源地のほとんどが伊達地方から二五〇キロメートル以上離れていることから、同地方への地震の影響は比較的軽微なものである。

特に、関東大震災クラス(マグニチュード7.9)の地震で、北海道及び青森県に大きな被害を及ぼしたといわれている昭和二七年の十勝沖地震(マグニチュード8.1)及び昭和四三年の十勝沖地震(マグニチュード7.9)による伊達地方の震度は、それぞれ震度Ⅲ(弱震)、震度Ⅳ(中震)である。

一方、伊達地方で発生する地震としては、三〇ないし五〇年周期で発生するといわれている有珠山噴火に伴う火山性地震がある。

特に、伊達地方に大きな影響を及ぼしたといわれる明治四三年の明治新山生成時の地震及び昭和一九年の昭和新山生成時の地震の震度は、それぞれ震度Ⅴ(強震)、震度Ⅳ(中震)であり、また、昭和五二年八月の有珠山噴火に伴う地震では、震度Ⅲ(弱震)程度が記録されたにすぎない(<証拠>)。

右の事実を踏まえた地震統計的見地からして、今後とも、巨大地震による伊達地方への影響は少なく、また、伊達地方で巨大地震が発生する可能性はほとんどないといえるのである。

(い) 伊達地方の地形・地質構造等については、北海道地下資源調査所の調査(<証拠>)のほか、参加人が地質・地盤の調査(<証拠>)を実施しており、それらの調査結果においては、本件移送取扱所の送油管経路上に断層は確認されていない。また、控訴人らが、原審で引用した「日本の活断層」(東京大学出版会出版)においても、送油管経路周辺に断層が存在するとする記述は一切ないものである。

したがって、この点に関する控訴人らの主張も現実に立脚しない仮想的な事故発生の可能性をいうものであって、その前提において、全く失当であるといわざるを得ず、本件処分の取消しを求める理由として到底認められるものではない。

(2) また、控訴人らは、地震時の地割れや段差やズレなど、いわゆる塑性変形が地盤に発生することは周知の事実であって、技術基準ではそのような塑性変形を対象としそれに耐えうるように想定してはいないのであるから、この技術基準に依拠して設計、施工されると称される本件送油管が地震時に破損する蓋然性は極めて高いというべきであると主張している。

しかしながら、前述したとおり、地震時における塑性変位(残留変位)は、現在の科学的、技術的知見では定量的に予測することは困難であるとされているところであるし、消防法に定める技術上の基準では、配管については伸びが大きく粘りがあり、破断しがたい材質のものを使用することとされており、それを確保するため、規則及び告示において、配管の材質の規格が定められ、また、配管の接合については配管と同等の強度を確保するため、配管の接合方法等が、さらに、配管の有害な伸縮が生じるおそれがある箇所には、その伸縮を吸収する措置を講ずること等が、それぞれ規定されているところであって、本件送油管は、右の各規定に適合しているだけでなく、本件移送取扱所の設置経路の地盤状況等の個別状況を加味して、伊達地方に過去最も大きい影響をもたらした明治四三年の有珠山地震と同程度の規模の地震に対しても十分耐え得る強度を有するものである。

また、本件送油管の本管として使用する鋼管は、前述のとおり、世界的に実績のある強じんなものであって、二〇トン級の大型車両の通行による荷重等にも十分耐え得る強度を有するよう設計されていること、原判決も指摘するとおり、伊達・室蘭地方が告示一三条二項一号(昭和五二年二月一〇日告示第二二号による改正前のもの)において地震統計的に格付けされているところの「B地域」よりも、一段上の「A地域」を対象として仮定したより厳しい条件下においても十分な安全性が確保されているものであること、さらに、伊達地方の地形・地質構造、過去の地震発生状況及びその影響等にかんがみれば、今後巨大地震が発生したとしても、それが伊達地方に与える影響は少ないものと認められ、また、伊達地方で巨大地震が発生する可能性はほとんどないと認められること等を総合考慮すると、地震が原因で本件送油管が破損するおそれはないといえるのである。

したがって、消防法に定める技術上の基準では、地震時の地割れ等の塑性変位に関する規定が存在していないことをもって、直ちに、本件送油管が地震時に破損する蓋然性が極めて高いと結論づける控訴人らの主張には理由がない。

(3) 控訴人らは、さらに、次のように主張する。本件送油管のルートは概して地下水面が高く、しかも地形的には山裾に沿い、海岸が近い。それゆえ本件工事によって地下水の賦存状態が影響をこうむる条件はそろっている。そして、地下水流の異変を疑わしめるような諸事実が周辺住民より指摘されているのであるから、地下水の賦存状態の変化を否定することはできない。地下水の流速は、とくに揚水井戸のあるところでは、地層の透水係数及び動水勾配にもとづく計算値よりも実測値のほうがはるかに大きいことが各地で知られている。ゆえに、置換砂中の地下水の移動量は、一日あたり五〇センチメートル程度であるとする北村証言(原審)をそのまま肯認した原判決は、明らかに誤っている。また、完成直後に、仮にルートすべてにわたって埋設時と状況に変化がなかったとしても、土の間隙中の水の流動によって徐々に微細な土粒子が流亡し、ついでそれより大きい土粒子も動かされて(すき間があくので)、ある程度の時間が経過してはじめて空洞形成など送油管に損傷を与えるような地盤内の変状が発生する、という可能性を否定することはできないから、置換砂の流失は、かなりあとになってから起こる場合もある。そして、ある箇所の試験掘りによって何らかの変状が認められれば、他の箇所においても変状がありえるし、埋設管に危険を及ぼすほどの状態がありえることを推認させるに十分であるが、逆は全くいえないから、完成後の掘り起こし調査で変状を認めないことが置換砂流亡のおそれを否定するものではなく、透水係数の差が土砂流出の誘因となって土砂の流出をもたらす可能性を否定できないし、たとえ透水係数に差がないとしても、微細な局所的不均質等によってみずみちが形成されることがありうることは、予期せざる道路陥没でみられるところであるから、透水係数の差が置換砂の流出をもたらすとはいえないと断定することは誤りであり、本件工事と道路の亀裂・陥没といった現象との因果関係を否定するものがないのであるから、原判決にいう単なる推測は、道路の亀裂・陥没といった現象の原因が確定できないことをもって破損のおそれがないと断定することに帰し、また、鋼矢板を埋め殺しにする場合に比し、引抜く場合には、鋼矢板自体の容積だけでなく、引抜きに伴って鋼矢板に付着する土砂も引き上げられるのであるから、地下空洞が一時的に形成され、したがって、鋼矢板引抜跡の穴と空洞形成との関連性を否定することはできない。

しかしながら、控訴人らの右主張は、いずれも地下水の影響によって本件送油管が破損するおそれがあるという抽象的な可能性を述べたにすぎないものであって、何らの具体的根拠のない主張であることが次のとおり明らかである。

(あ) 送油管の設置工事は、約一一〇メートルを一施工区間として、深さ二ないし2.5メートル程度、幅1.2ないし1.4メートル程度に掘削し、外径約四〇センチメートルの送油管を所定の位置に埋設する比較的小規模でかつ短期間のうちに行われるものであって、参加人は、本件移送取扱所の送油管埋設部について送油管周囲を置換砂で覆い、更にその上部を大礫を取り除いた掘削土を用いて埋め戻しを行っているところ、埋め戻しに当たっては送油管の周囲を置換砂及び掘削土を用いてその周辺の地盤と同程度に十分締め固めることとしていること、

(い) 土中における地下水の流速(移動量)を求めるに当たっては、ダルシーの式(地下水の流速=透水係数×動水勾配)を用いて算出するのが一般的であり、参加人が右のダルシーの式に基づき、本件送油管経過地上で最も勾配の大きな箇所(伊達市道黄金一号線の伊達市配水池付近、チマイベツ川付近ほか)における置換砂中の地下水の移動量を求めたところ、右箇所における地下水の移動量が一日当たり五〇センチメートル程度となったものであるから、右置換砂中の地下水の移動量は、現段階において、最も合理的なものであると判断されること、

なお、控訴人らが、地下水の流速は、とくに揚水井戸のあるところでは、地層の透水係数及び動水勾配にもとづく計算値よりも実測値のほうがはるかに大きいことが各地で知られていると主張する根拠は全く不明であるばかりでなく、その意味するところも判然とせず、さらに、本件送油管の経過地とのかかわりにつき何ら触れるところはないのであるから、それ自体、置換砂中の地下水の移動量が一日当たり五〇センチメートル程度であることを覆えすに足りる主張とはなり得ないものである。

(う) 右に加え、土中における地下水の流速(移動量)の小さいことは、既に一般に知られているところであるが、右置換砂部分についてはその透水係数が10-3センチメートル/秒程度であり、さらに使用した置換砂の粒子の大きさや組成からみても、置換砂が流失して空洞が生ずることなど起こり得ないこと、

(え) 地下水の浅い箇所に埋設した送油管周囲の置換砂部分が地下水流によって流出するか否かは、前記のとおり、十分に締め固められた同部分の砂の粒子の大きさと組成(透水係数)及び動水勾配に大きく支配されるが、たとえ在来の地盤との透水係数に差が生じたとしても、置換砂部分は小規模なものである上、本件送油管は更に四方を地中に拘束された状態で敷設されるものであるから、置換砂部分が地下水により飽和されると、同箇所の地下水の動きは、大きな広がりをもつ付近の地下水の動きに包含されることとなること、

(お) <証拠>の写真中の亀裂・陥没等の状況は、その大部分が本件送油管の埋設工事中の一過程又は同工事完了後の一時的な現象等であり、また、その一部は本件送油管埋設工事自体とは関係のない要因によるものと思われるところ、そもそも本件送油管埋設工事においては、前記のとおり、置換砂の流出はありえないのであるから、控訴人らが<証拠>の写真で説明する亀裂・陥没等が置換砂の流出によってもたらされるとの主張は、控訴人らの単なる推測にすぎないといえること(<証拠>)、

(か) 参加人は、本件送油管の埋設工事中、土留に使用した鋼矢板については、掘削溝を埋め戻した後にこれを引き抜いているが、右の引き抜き作業に当たっては、バイブロハンマーを使用し、鋼矢板に振動を与えて引き抜き跡を周囲の土砂で填充し、さらに、土砂を補充して鉄棒で突き固めた上、転圧機を用いて締め固めており、また、鋼矢板を撤去する際、引き抜き跡に地下水が浮上することがあれば、必要に応じて排水処理を行い、土砂を補充し転圧を実施しているのであって、地盤中に空洞が生ずることはないこと、そして、このことは、控訴人らが、その主張の根拠とする写真群(<証拠>)の該当箇所には、その後において、特段異常と認められる状態は生じていないこと(<証拠>)から明らかであること、

なお、控訴人らの、右写真群は他の写真群とともに少なくとも施工のずさんさを示している旨の主張は<証拠>の写真群の大部分が本件送油管埋設工事中の一過程又は同工事完了後の一時的な現象等を撮影したものにすぎず、その後参加人が必要な措置を適切に実施し、又は、被控訴人がそのことを確認していることを考慮せずになされているものであることから、明らかに失当である。

等々の各事実を総合考慮すると、地下水の影響によって本件送油管が破損するおそれはないといえるのである。

(4) また、控訴人らは、次のように主張する。館山台地の場合、拘束圧力の期待できる深部では強度が期待できるとしても、出口付近では土被りが浅く、かつ風化も進んでいるので、安定した地盤と断定することはできない。館山台地においては、砂の流出がみられ、地下水の透水力によって砂粒子の安定が破られたことを示している。これは土砂が流動し、その流出はみずみちを形成し、トンネル背面が空洞化したり崩落したりする可能性がある。そして、トンネル覆工への異常な荷重が発生し、破壊されるなら、その中に設置された送油管が損傷される蓋然性が高いから、館山台地の場合は、地下水が流れ出ているというだけで安全性に疑問が生じるし、トンネルからの水と砂の流出に対して鋼枠の補強を施したことは、事前調査及び設計が安易になされたか、あるいは着工後に、予期せぬ異常事態に遭遇したかのいずれかである。鋼枠の補強は、無い場合に比し、有る場合の方が相対的に覆工の安定に役立つといえるとしても、鋼枠の補強によって今後の安定が保証されるわけではない。

しかしながら、以下に述べるとおり、控訴人らの右主張は、いずれも理由のないことが明らかである。

(あ) 館山トンネル部の地質については、主として洞爺軽石流堆積物層から構成されており、特に、同トンネル水平坑部付近の地質は、参加人作成の「伊達発電所燃料受入パイプライン地質調査土質柱状図」(<証拠>)から明らかなとおり、標準貫入試験のN値がすべて五〇以上の極めて密に締った粗粒火山灰によって構成されていることから、館山トンネル部の地盤が不安定であるとはいえない。

(い) 館山トンネルの完成後、同トンネル出口部分に設置されている集水桝に沈積している土砂量は、僅かなもであり、したがって、土砂の流動によりトンネル背面が空洞化したり崩落したりする可能性があるとはいえないし、トンネル覆工自体も破壊されるとはいえない。

(う) 館山トンネル掘削時に立坑付近で小規模な湧水が生じたが、このことは、参加人が実施したボーリング調査の結果から予想されていたところであり、館山トンネル掘削に伴う湧水は、立坑付近(立坑部及び立坑に接続するトンネルの一部)においてのみ生じているのであって(右湧水は、立坑入口及びトンネル出口側から(トンネル完成後はトンネル出口側から)それぞれ排水処理されている。)、右箇所以外では、湧水は生じていないのであるが、立坑付近の地下水の拡がりと浸透状況を考慮して、館山トンネルの保守・管理に万全を期するため、鋼枠を設置したものであって、右トンネル設置に際して参加人は、館山地区の地盤・地下水に関する事前調査として、ボーリング調査、現地観察調査等を実施し、右各調査結果に基づいて右トンネルの位置、構造等について設計されており、施工中も地盤の状況、湧水の浸透状況等の観察を行い、その施工に万全を期したものであるから、トンネルからの水と砂の流出に対して鋼枠の補強を施したことは、事前調査及び設計が安易になされたか、あるいは着工後に予期せぬ異常事態に遭遇したかのいずれかであるとの控訴人らの主張も失当である。

(5) そして、控訴人らは、館山下の斜面安定解析に関し、本件においては、地下水位が存在しないものとみなされ、そして現実にはかなりの地下水の存在が認められたのである。地下水位が存在しないという条件のもとでなされた安定解析の結果は、館山下の安定解析とは無縁のものであって、単に形式的な技術基準違反ということではなく、技術基準無視というべきであると主張している。

しかしながら、斜面の安定解析が必要とされるのは、規則二八条の一二第五号に規定する盛土又は切土の斜面の近傍に送油管を埋設する場合であるところ、本件移送取扱所にあっては、規則二八条の一二第五号に規定する盛土又は切土の斜面の近傍に送油管は埋設されていないのであるから、斜面の安定解析をすること自体要求されてはいないのであるが、参加人は、送油管の埋設位置に比較的急な斜面が迫る伊達市道黄金一号線石川町寄りの斜面及び館山トンネル出口付近の斜面の二地点において、念のため、各地点における地盤調査結果から土層断面図を作成し、直接測定あるいは参考資料から推定した値に基づいて地盤定数を定め、斜面の安定解析を行ったものであって、その際、地下水位については、斜面の安定解析に厳しい条件となるように地表面に設定して行ったものであり、その結果得られた斜面のすべり面に対する安全率は告示二六条に定める値を十分に満足していることを確認しているのであるから、控訴人らの右主張もまた明らかに失当である。

(6) また、控訴人は、「多数の技術基準違反の存在」という標目のもとに、原判決は、本件移送取扱所が技術上の基準に違反しているとの控訴人らの主張を二一項目に整理しているが、被控訴人は右二一項目の違反に直接具体的な反証をなしていないし、右二一項目もの存在は、技術及び事故への道内での巨大企業である参加人の思い上った姿勢と公権力を有する被控訴人の「お上」意識を示しており、それは事故発生の温床をなしていると主張している。

しかしながら、被控訴人は、原審において、本件移送取扱所が消防法に規定する技術上の基準に違反しているか否かにつき、控訴人らの主張する事項に対し具体的に反論を加え、本件移送取扱所が同基準に適合していることを明らかにしているのであるから、控訴人らの右主張も明らかに失当である。

(7) 控訴人らは、さらに、ある専門員は、地下水流の変化を「透水係数」ではなく「湿潤密度」で考えるという初歩的で明白な誤りを犯しているし、一九七六年三月三一日、専門員たちは、技術検討報告書を被控訴人に提出し、専門員を辞任した。専門員の任期は、設置要項では本件移送取扱所設置許可を与える日までであるにもかかわらずこのような事態になったのは、専門員のずさんな審査が住民の矢面に立つことによって暴かれることを心配した被控訴人の処置であり、専門員が技術検討報告書の内容に責任を負えないことを告白したに等しいと主張している。

しかしながら、以下に述べるとおり、控訴人らの右主張にはいずれも理由のないことが明らかである。

(あ) 本件移送取扱所技術専門員会議が作成した技術検討報告書(<証拠>)には、高度の信用性と客観性が認められることは、前記のとおりであるが、右報告書(一〇頁参照)において、技術専門員は、本件移送取扱所の地下埋設の配管に係る掘削及び埋め戻し方法に関する技術的検討の中で、配管敷設前後の土の状態にさしたる変化が見られないことの徴表の一つとして湿潤密度に関するデータを例示したにすぎないものであって、地下水流の変化を湿潤密度で検討したとする控訴人らの主張は誤りである。地下水流への影響については、参加人が実施した地形地質調査、置換砂土質試験(締め固め試験、密度試験、透水試験)(<証拠>)の結果をもとに本件工事の掘削規模、埋め戻し施工方法をも考慮にいれて総合的な判断がなされているものである。

(い) 技術専門員会議は、座長である室蘭工業大学名誉教授金森祥一氏をはじめとして、北海道大学、室蘭工業大学及び帯広畜産大学の各教授合計一一名の技術専門員をもって構成されているところ、各専門員は、本務の都合や国家公務員(国立大学教授)の兼業許可の期限が昭和五一年三月末日までであることを理由に、被控訴人に対し、同年四月に入って、各人から、自発的に解職願が提出されたものである。そして、被控訴人は、右の解職願の理由がいずれもやむを得ないものであり、右解職願を認めても、今後において、本件移送取扱所の許可事務の遂行に当たり、必要の都度、技術検討報告書の作成者としての立場から、同報告書の内容に関連して指導を受けることができるため、特に支障はないものと判断して、技術専門員を解職したものであって、控訴人らが主張するような事情によって、技術専門員を解職したものではないのである。

(三) 被害発生の蓋然性への批判について

(1) 控訴人らは、参加人は昭和五三年一一月一四日付で通商産業大臣から伊達発電所の油燃焼用機器の使用油種を「原油及び重油」から「重油」に変更の認可を得たが、被控訴人に対しては約七年間この油種変更を届け出なかった。この事実は情勢を見ながら、場合によっては再度原油使用への変更の認可をとる意思があったためと考えざるをえないし、参加人が被控訴人に油種変更届出書を提出したのは、昭和六〇年八月二八日で、原判決の出る一〇か月前のことである。それは本件移送取扱所に接して在住する者が原告を降りたため、原油さえ使用しなければ残った原告らに訴えの利益(原告適格)がなくなると判断したためであると主張している。

しかしながら、以下に述べるとおり、控訴人らの右主張はいずれも理由がなく失当である。

(あ) 参加人が伊達発電所における使用燃料油種を「重油又は原油」として計画し、原油をも使用する予定のもとに、伊達発電所の使用燃料油種を「重油又は原油」として、通商産業大臣から電気事業法上の認可を得、また、本件移送取扱所において取り扱う油種を「重油及び原油」として、被控訴人から消防法上の許可を得ていたのは、燃料情勢もさることながら、公害防止対策の一環として、低硫黄燃料(低硫黄重油及び低硫黄原油)の使用が要請されたことによるものであり、低硫黄重油の入手が困難な場合に備えて、「低硫黄原油」の使用を予定していたことによるものである。

ところが、伊達発電所の営業運転開始に先立って行われる電気事業法四三条に基づく使用前検査を受けるに当たり、原油を入手することができず、今後も原油を使用しうる見通しが立たなかったことから、参加人は、伊達発電所において原油を使用することを断念し、通商産業大臣に対し、伊達発電所の使用燃料油種を「重油又は原油」から「重油」のみとする変更認可申請をなし、昭和五三年一一月一四日付けで、同大臣からその旨の認可を得たものである。

そして、その後における重油脱硫技術の開発・実用化に伴い、重油そのものの低硫黄化がはかられ、原油の使用を断念した参加人にとっては、今後とも伊達発電所の使用燃料として低硫黄重油を入手することが容易となる情勢となったことから、参加人は、伊達発電所における使用燃料油種を今後とも「重油」のみとする意思を明確にするためにも、また、それまで消防法及び電気事業法上不統一であったそれら許認可に係る使用油種を実態に適合させる必要からも、本件移送取扱所において取り扱う油種を「重油及び原油」から「重油」のみとする消防法上の変更届を、昭和六〇年八月二八日、被控訴人に提出し、併せて、同日、伊達発電所の貯油タンク貯蔵油種を「重油又は原油」から「重油」のみとする消防法上の変更届を伊達市長に提出したものであって、この間における参加人の意思が、控訴人らが主張する如く、情勢を見ながら、場合によっては再度原油使用への変更の認可をとる意思があったものでないことは、次に述べる事実に照らしても明らかである。

すなわち、本件移送取扱所における移送油種は、消防法上、当初は「重油及び原油」として設置許可を受けていたものであるが、本件移送取扱所において移送する油の発送元である発ターミナル(室蘭市陣屋町に設置)内の三基の燃料油タンクの貯蔵油種は、消防法上、「重油」のみであり、原油は貯蔵できないものである上、電気事業法四一条の認可に係る伊達発電所の燃料油種は、「重油」のみである(なお、本件移送取扱所は、電気事業法上、伊達発電所の電気工作物の一部である。)から、本件移送取扱所においては、昭和五三年一〇月に伊達発電所において使用する燃料油の移送を開始して以来、昭和六〇年八月二八日、本件移送取扱所において取り扱う油種の変更届を、被控訴人に提出し、これが受理されるまでの間においても、参加人は、本件移送取扱所においては、「重油」のみしか移送し得ず、また、実際にも、「重油」のみしか移送していないものである。

(い) 参加人が本件移送取扱所において取り扱う油種の変更届を被控訴人に提出したのは右に述べた事情からである上、控訴人らが主張する「本件移送取扱所に接して在住する者」とは、昭和五七年一月に本件訴えを取り下げた加藤勝氏を指すものと推察されるところ、参加人が本件移送取扱所において取り扱う油種の変更を被控訴人に届け出たのは、それから三年半以上経過した昭和六〇年八月であるから、それが右訴えの取下げと全く関係のないことは明らかである。

(う) 控訴人らは、今後参加人が油種を「重油」から「重油及び原油」に変更するには、消防法上、法一一条の四の変更届出をするだけでよく、変更許可を要しないと解される。仮に変更許可を要するとしても、形式審査で足りる。原油移送の問題は、審査ずみだからである。電気事業法四一条二項の変更認可が必要としても、同条三項により、原則的に認可されることから、原油を使用することは、法律的に格別な障害はない旨主張する。

しかしながら、以下に述べるとおり、控訴人らの右主張には理由がなく失当である。

参加人が本件移送取扱所において「原油」を移送するには消防法及び電気事業法上の新たな許認可が必要である。

すなわち、消防法上、重油も原油も共に同法二条七号に規定する危険物であり、これらを屋外タンク貯蔵所に貯蔵する場合は、危険物の規制に関する政令(以下「政令」という。)一一条一項二号により同貯蔵タンクの周囲に危険物の種類に応じて一定の幅の空地を保有しなければならないこととされているところ、本件発ターミナル内の燃料タンクは屋外に設置されていることから、この規制に服することとなる。そして、同燃料油タンク内に重油を貯蔵する場合は、同燃料油タンクの周囲に三メートル以上の幅で空地を保有しなければならないこととなる。ところが、発ターミナル内の燃料油タンク内に原油を貯蔵する場合は、法九条の三及びこれを受けた別表(第四類中第一石油類)並びに政令一一条一項二号の表に基づき、一五メートル以上の空地の幅を保有しなければならないことになるのである。

したがって、発ターミナル内の燃料油タンクに従来の「重油」に代えて「原油」を貯蔵しようとする場合は、危険物施設に適用される技術上の基準が厳しくなるのであるから、法一一条一項に基づき、その旨の変更許可を必要とすることは明らかである。

他方、本件の場合、電気事業法四一条の認可にかかる燃料油種は「重油」のみであるところ、伊達発電所において「原油」を使用できるようにするためには、同発電所の燃料燃焼設備であるバーナー部等にガス検知装置等を設置する工事をする必要があり、同工事は同法施行規則別表第二の工事の種類「変更の工事」であるから、新たに同法四一条一項の認可を受けなければならないのである。

したがって、本件移送取扱所で移送する燃料油種は、本件移送取扱所設置許可処分による規制ばかりでなく、その上流にあたる発ターミナル内の燃料油タンクについての消防法上の規制及び燃料燃焼設備に関する電気事業法上の規制によって、二重、三重に法的制約を受けているのである。

(え) 控訴人らは、新たな許認可を必要とする対象施設は、本件移送取扱所とパイプ等で接続してはいるものの、これとは別個の施設であり、許認可権者も異なる上、極端な想定であるが、現在使用中のタンクは使わず、別の既設の原油用タンクを使うこととすれば、新たな許可は不要なのである。また、燃料燃焼設備についての電気事業法上の通産大臣の認可は、本件移送取扱所の移送油種を限定する法的効力は何もなく、参加人が原油使用のための消防法上及び電気事業法上の許認可をえていない現状においては、本件移送取扱所で原油を移送することは事実上できないが、それは本件許可とはなんら関係のない制約であるし、今後容易に解消されうるのであるから、これら許認可を受けるについて法律上、事実上格別な障害はなく、許認可申請が拒否されることはありえない(本件の場合、許認可権者に自由裁量の余地はないというべきである)旨、また、本訴が却下され、これが確定した場合、その後に参加人の方針が変わり、前述の消防法及び電気事業法上の許認可をえ、かつ被控訴人に対し、法一一条の四の変更届出をして、原油を使用するようになったとしても、控訴人らもその他の地元住民も、もはや本件許可処分を争う手段がなくなっている(出訴期間の徒過)という不当な結果を生じる。それゆえ、原油移送の危険性の問題は、本訴において審査されなければならない旨各主張している。しかしながら、以下に述べるとおり、控訴人らの右主張には理由がなく失当である。

(ア) 本件移送取扱所において移送する油種について

① 被控訴人は、法一一条一項に基づき、本件移送取扱所について、その移送する油種を「重油及び原油」として設置許可をしている。しかし、参加人が本件移送取扱所において「原油」を移送するには消防法及び電気事業法上の新たな許認可が必要であって、本件移送取扱所で移送する燃料油種は、本件移送取扱所設置許可処分による規制ばかりでなく、その上流に当たる発ターミナル内の燃料油タンクについての消防法上の規制及び燃料燃焼設備に関する電気事業法上の規制をもうけていることは前記のとおりである。しかも、この新たな許認可に当たっては、総合的かつ厳格な審査がなされるものであり、所要の許認可申請がなされれば、許認可権者がこれを拒み得ないという性格のものではないのである。

② この点につき控訴人らは、本件移送取扱所も、その上流、下流のタンクも、発電所も、当初から「重油及び原油」を移送、貯蔵、使用する目的で計画、設計、施工されたものであることを理由として、前記のとおり、参加人が消防法及び電気事業法上の許認可を受けるについて法律上、事実上格別な障害はない旨主張している。しかし、右の主張は、参加人が本件移送取扱所において「原油」を移送する場合につき消防法及び電気事業法上受けなければならない新たな許認可に当たり、総合的かつ厳格な審査がなされるものであることを看過した主張であるといわざるを得ず、理由のないことは明らかである。また、控訴人らは、原油の生だき発電も原油の貯蔵も我国でひろく行われており、電力の生産は公益目的にそう事業とされていることのみを理由として、右の許認可申請が拒否されることはあり得ないと断定している。しかし、右の許認可に当たっては、前記のとおり総合的かつ厳格な審査がなされるものであるところ、控訴人らが掲げる理由は、右審査に当たって考慮され得る事情の一つにすぎないのであるから、控訴人らが掲げる理由のみをもって直ちに右の許認可が拒否されることはあり得ないと決めつけることができないことも明らかである。

③ しかも、被控訴人は、前記のように、参加人が被控訴人に提出した本件移送取扱所において取り扱う油種を「重油及び原油」から「重油」とする旨の変更届を受理しており、また、伊達市長は、参加人が昭和六〇年八月二八日付けで伊達市長に提出した伊達発電所の貯油タンクに貯蔵する油種につき「重油又は原油」から「重油」とする変更届を受理している上、参加人にとっては、今後とも伊達発電所においてあえて原油を使用しなければならない必然性のないことも明らかであり、また、既に主張したとおり、参加人は、伊達発電所において今後とも重油のみを使用し、かつ移送する意思であることを明確に表明しているところであるから、控訴人らが新たな許可は不要である旨主張している内容は、極めて非現実的であって、控訴人らも自認するとおり、極端な想定であるといわざるを得ない。

④ ところで、参加人が本件移送取扱所において「原油」を移送するためには、前記のとおり、消防法及び電気事業法上の新たな許認可を受ける必要があるところ、右の許認可の対象施設は、本件移送取扱所とは範囲が異なり、また、その許認可権者も異なるといえる。しかし、以下に述べるとおり、このことのみを理由として、控訴人らが主張するように、燃料燃焼設備についての電気事業法上の通産大臣の認可は、本件移送取扱所の移送油種を限定する法的効力は何もなく、原油使用のための消防法上及び電気事業法上の許認可は本件許可とはなんら関係のない制約であるし、今後容易に解消されうると断定することはできないというべきである。

a 消防法上の許可について

本件移送取扱所は、室蘭市陣屋町に設置している発ターミナル内の燃料油タンク出口先に存在するブースターポンプ入口弁から伊達発電所の貯油タンク入口弁までの間の設備をいうが、伊達発電所において使用する燃料油は、日本石油精製株式会社室蘭製油所(以下「日石精」という。)から室蘭市陣屋町に設置している発ターミナル内の三基の燃料油タンクのいずれかに入り、本件移送取扱所を経由して伊達発電所の貯油タンクまで送られ、同発電所内で発電用燃料として使用されるものである。しかして、本件移送取扱所において移送する油の発送元である右発ターミナル内の燃料油タンクは、消防法上、危険物の規制に関する政令(昭和三四年政令第三〇六号)二条二号に規定する「屋外タンク貯蔵所」に該当するので、本件移送取扱所とは別に設置許可を受けなければならず、同許可は「重油」に限定されている。

したがって、本件移送取扱所の設置許可処分は、移送油種を「重油及び原油」とするものではあるが、本件移送取扱所に、右に述べたようにその上流に当たる発ターミナルの燃料油タンクの燃料油を圧送するものである以上、当然に移送できる油種も発ターミナル燃料油タンクの貯蔵油種である「重油」に限定されるのである。

b 電気事業法上の認可について

本件移送取扱所は、電気事業の用に供する発電用燃料油を配管によって移送するものであるから、消防法のみならず、電気事業法の規制にも服するものである。しかして、同法上、電気事業者は、電気事業の用に供する電気工作物の設置又は変更の工事については、同法施行規則別表第二の上欄に掲げる工事の種類に応じて、それぞれ同表の中欄に掲げるものをしようとするときは、その工事の計画について通商産業大臣の認可を受けなければならないとされている(同法四一条一項、同法施行規則三一条一項)。

そして、本件の場合、同法四一条の認可に係る燃料油種は「重油」のみであるところ、伊達発電所において「原油」を使用できるようにするためには、同発電所の燃料燃焼設備であるバーナー部等にガス検知装置等を設置する工事をする必要があり、同工事は、同法施行規則別表第二の工事の種類「変更の工事」であるから、新たに同法四一条一項の認可を受けなければならないのである。

c しかして、法一一条一項の許可基準及び電気事業法四一条一項の認可基準については、次のとおりである。すなわち、消防法上、右認可に当たっては、「製造所等の位置、構造及び設備が一〇条四項の技術上の基準」に適合していることのほか、「製造所等においてする危険物の貯蔵又は取扱いが公共の安全の維持又は災害の発生防止に支障を及ぼすおそれ」がないこと(法一一条二項)が、また、電気事業法上、右認可に当たっては、同法四一条一項の認可基準として、電気事業の用に供する電気工作物の設置又は変更の工事であって通商産業省令で定めるものの計画が同法三条一項又は同法八条一項の許可を受けたところによるものであること(同法四一条三項一号)、その電気工作物が電気の円滑な供給を確保するため技術上適切なものであること(同三号)のほか、その電気工作物が同法四八条一項の通商産業省令で定める技術基準に適合しないものでないこと(同二号)という要件が必要であり、この最後の要件に関しては、電気事業の用に供する電気工作物が、人体に対する危害、物件に対する損傷、物件の機能に対する電気又は磁気的障害及び損壊による著しい供給支障をきたさないと認められることが必要である。そして、これらの電気事業法上の認可に当たって必要とされる各要件は、同法が電気事業の運営を適正かつ合理的ならしめることによって、電気の使用者の利益を保護し、及び電気事業の健全な発達を図るとともに、電気工作物の工事、維持及び運用を規制することによって、公共の安全を確保し、あわせて公害の防止を図ることを目的としている(同法一条)ことから導かれるものである。そして、法一一条一項に基づく移送取扱所等の設置許可処分についても、同条二項が規定する公共の安全及び災害発生防止をも考慮に入れた総合的な安全性判断をなすことが要求されるところ、被控訴人が本件移送取扱所の設置を許可するに当たり、この観点からの総合的な安全性判断をしていることは、すでに述べたとおりである。

d このように、参加人が本件移送取扱所において移送する燃料油種は、本件移送取扱所設置許可処分による規制ばかりでなく、その上流に当たる発ターミナル内の燃料油タンクについての消防法上の規制及び燃料燃焼設備に関する電気事業法上の規制によって、二重、三重に法的制約を受けているところであり、右にみたとおり、いずれの規制も、「公共の安全」を図ることを主たる目的とするものであって、参加人が本件移送取扱所において「原油」を移送することにつき目的を共通にするこれらの法的規制が不可分的に制約となっているといわざるを得ないのである。

e したがって、参加人が本件移送取扱所において「原油」を移送することは、事実上のみならず、法律上も不可能であるというべきであるから、本訴においては、原判決も指摘するとおり、「被害発生のおそれの有無はC重油のみが移送されるという前提で検討すれば足りる」というべきであって、控訴人らが主張するように、燃料燃焼設備についての電気事業法上の通商大臣の認可は、本件移送取扱所の移送油種を限定する法的効力は何もなく、原油使用のための消防法上及び電気事業法上の許認可をえていない現状においては、本件移送取扱所で原油を移送することは事実上できないだけであるときめつけることも、また、右許認可を受けなければならない制約が本件許可とはなんら関係のない制約であるときめつけることもできないというべきである。

(イ) 控訴人らの訴えの利益について

以上述べたとおり、参加人が本件移送取扱所において「原油」を移送することは、あり得ないものであるが、仮に参加人が本件移送取扱所において「原油」を移送するために必要な右消防法及び電気事業法上の許認可を求め、この許認可がなされた場合を想定したとしても、同許認可は、控訴人らが主張するように、本件処分とは別個独立の処分であるから、控訴人らが主張する「原油」の危険性については、当該許認可がなされて「原油」を現実に移送することが可能となった段階、すなわち右の危険性が具体化した時点で判断されるべきであり、かつそれで足りるというべきである。

したがって、控訴人らは本訴において「原油」の危険性を論じて、本件許可処分の取消しを求める訴えの利益を有しない。このことについては更に次の点を明らかにしたい。

① 原油の揚油設備について

参加人は、原油はもちろん重油についても、その揚油設備を有していないことから、伊達発電所の使用燃料である重油の供給を室蘭市陣屋町に設置した本件移送取扱所に係る発ターミナルに隣接している日石精に依存している。したがって、仮に参加人が伊達発電所において原油を使用することとなった場合、参加人において、新たに多額の費用を投下して揚油設備を設置しない限り、その供給を日石精に依存せざるを得ないこととなる。

② 日石精の揚油設備について

日石精で現在取り扱っている原油は、硫黄分の比較的高い原油のみであるが、この硫黄分の高い原油は常温のままでも固化しないため、その揚油設備には加温設備が設置されていない。

③ 参加人が伊達発電所で使用することとなる場合の原油と揚油設備について

参加人は、苫小牧発電所において原油を使用しているが、右使用に係る原油は、公害防止対策の一環として、硫黄分が0.11パーセント、流動点が摂氏32.5度という性状を有する中国大慶産の原油である。そして、参加人が伊達発電所において、仮に原油を使用することとなる場合にも、その使用する原油は、公害防止対策上、参加人が苫小牧発電所で使用しているような低硫黄原油に限定せざるを得ない。

ところが、この低硫黄原油は、一般に流動点が高く、常温のままでは固化する性質があるため、これを揚油するに当たっては、貯油タンク及び配管等を加温する設備(以下「加温設備」という。)を設置する必要がある。しかし、前記のとおり、日石精は、加温設備を必要としない硫黄分の高い原油のみを揚油しているため、その有する揚油設備には加温設備がない。すなわち、日石精は、参加人が必要とする低硫黄原油を揚油するために必要な加温設備を設置した揚油設備は有していないのである。

したがって、参加人が低硫黄原油の供給を依存せざるを得ない日石精としては、参加人の需要に応じて右の低硫黄原油を揚油するためには、海上のタンカーから日石精の貯油タンクに至るまでの海底配管、右貯油タンク及び右貯油タンクから本件移送取扱所の発ターミナルに至るまでの配管につき加温設備を新たに設置しなければならないこととなる。すなわち、日石精が参加人の需要に応じて、低硫黄原油を揚油するためには、新たに多額の費用を投下して、加温設備を備えた揚油設備を設置する必要があり、これを設置しない限り、参加人の需要に応ずることは不可能である。以上述べたとおり、低硫黄原油を揚油する設備自体が、参加人はもとより、室蘭市陣屋町に設置している本件移送取扱所に係る発ターミナルの周辺地域にも存在しないのであるから、参加人にとって、今後とも伊達発電所において、あえて原油を使用しなければならない必然性のないことは明らかである。

(ウ) 控訴人らは、参加人が昭和六〇年八月二八日に油種の変更届出を提出したのは、専ら本件の裁判対策である旨及び参加人が伊達発電所で、重油だけを使用するというのは、本件裁判対策と認めざるをえない旨各主張する。

しかしながら、参加人が右同日、本件移送取扱所において取り扱う油種を「重油及び原油」から「重油」のみとする消防法上の変更届を、被控訴人に、併せて、伊達発電所の貯油タンクの貯蔵油種を「重油及び原油」から「重油」のみとする消防法上の変更届を伊達市長に各提出したのは、伊達発電所における使用燃料油種を今後とも「重油」のみとする意思を明確にするためであり、また、それまで消防法及び電気事業法上不統一であったそれら許認可に係る使用油種を実態に適合させる必要があったからであって、控訴人らが主張するような本件裁判対策のためではない。

(エ) 控訴人らは、参加人が地元の市町村との間で締結している公害防止協定では、現在に至るも、使用油種を「重油又は原油」と定めており、これら協定には、北海道知事及び札幌通産局長が立会人として署名していることを留意すべきである。原油を使用しないというのに、伊達市などと参加人との間に結ばれた公害防止協定では現在でも原油の使用が明記されている。このことは、原油使用の意図を示唆している旨主張している。

しかしながら、以下に述べるとおり、控訴人らの右主張は、明らかに失当である。

すなわち、参加人は伊達市、虻田町、豊浦町、壮瞥町、洞爺村及び大滝村の六市町村(以下「伊達市等」という。)との間で、それぞれ、「伊達火力発電所の公害防止にかかる協定書」(以下「公害防止協定」という。)を取り交わしているが、公害防止協定の大気汚染防止対策に係る条項には、使用燃料は、「重油又は原油」と記載されているだけであって、控訴人らが主張する如く、原油を使用することを明記しているものではない。また、参加人は、本件移送取扱所等の油種の変更を届け出たのと時を同じくして、公害防止協定上の使用燃料をも「重油」のみとするべく、伊達市等で構成する伊達火発対策連絡協議会に対し、公害防止協定上の使用油種の変更を申し入れ、参加人が今後とも重油のみを使用し、また移送する意思であることを明確に表明しているところであるから、公害防止協定上、現在も使用燃料として原油が記載されていても、そのことは、参加人の「原油使用の意図を示唆している」ものではない。

そして、参加人は、本件移送取扱所等の油種の変更を届け出たのと時を同じくして、公害防止協定上の使用油種をも「重油」のみとするべく、伊達市等で構成する伊達火発対策連絡協議会に対し、公害防止協定上の使用油種の変更を申し入れ、参加人が今後とも重油のみを使用し、また移送する意思であることを明確に表明しているところであり、右協議会においても、使用油種の変更の申し入れについて協議を続けていくことになっているものである。

したがって、公害防止協定上、使用油種が「重油又は原油」と定められており、右協定に北海道知事及び札幌通商産業局長が立会人として署名していることをもって、参加人が原油を移送(使用)する可能性が相当程度あるといえないことは明らかである。

(オ) 控訴人らは、移送油種を重油及び原油とする本件許可処分の内容、効力は、変更届出及び受理の後も変わりがない旨主張する。

しかしながら、参加人が本件移送取扱所において「原油」を移送するには前記のとおり消防法及び電気事業法上の新たな許認可が必要であり、右許認可に当たっては、厳格な審査がなされるのであるから、参加人が本件移送取扱所において「原油」を移送することは、事実上のみならず法律上も不可能である。したがって、本件訴訟においては、原判決が指摘するとおり、「重油」のみを対象として審理すれば十分であるというべきである。

(お) 控訴人らは、参加人が所有操業している石油専焼火力である苫小牧発電所の燃料消費実績をみれば、大半ないし全部原油を使用している。これは原油の使用の方が、公害対策上及び経済上参加人にとって有利であることを如実に示す。参加人が伊達発電所で、重油だけを使用するというのは、本件裁判対策と認めざるをえない旨主張し、参加人が伊達発電所において原油を使用する可能性は相当程度あると結論付けている。

しかしながら、以下に述べるとおり、控訴人らの右主張は、単に苫小牧発電所の最近の一時期における燃料消費実績から推測に基づき独自の見解を述べたにすぎないものであるから、理由がなく失当である。

(ア) 参加人の所有する苫小牧発電所は、苫小牧臨海工業地区に位置する石油火力発電所であり、建設当初から同工業地区における公害防止対策上、低硫黄燃料の使用が要請されていたところ、重油の低硫黄化が進んでいなかった当時としては低硫黄燃料として原油を使用せざるを得なかったことから、重油のほか原油の燃焼設備をも兼ね備えた発電所として、昭和四八年に運転を開始したものである。その後、重油脱硫技術の開発・実用化に伴い、重油そのものの低硫黄化がはかられたため、公害防止対策上は低硫黄重油で十分対応できることとなったが、参加人が苫小牧発電所において現在も原油を使用しているのは、日中長期貿易取決めに基づき輸入されている原油のうち電力会社への割り当て分について、参加人は、その所有する苫小牧発電所が原油燃焼設備を有していることから、同発電所の原油受入れ容量の範囲内で応分の負担をしているという事情によるものである。

また、参加人は、その所有する伊達発電所においても、公害防止対策の一環として低硫黄燃料の使用が要請されたことから、当初、使用燃料油種を重油及び原油として計画し、低硫黄重油の入手が困難な場合に備えて低硫黄原油の使用を予定していたが、一方において、運転を開始するに当たり、原油を入手することができず、その後も原油を使用しうる見通しが立たなかったこと、他方において、前述のとおり、重油そのものの低硫黄化がはかられ、低硫黄重油を入手することが容易となる情勢となったことから、使用燃料油種を重油のみに変更して現在に至っているものである。

(イ) 右に述べた事情に加え、参加人は、以下のような観点から、参加人が所有する火力発電所のうち、唯一原油燃焼設備を有する苫小牧発電所においては、重油に加え原油も使用し、伊達発電所においては、重油のみを使用することとしているものである。

① わが国の電気事業者は、昭和四八年及び昭和五三年の二度にわたる石油危機により、原油の入手難、原油価格の高騰という経験をしたことを踏まえ、電力の長期安定供給を確保するためには、発電所の使用燃料を経済性のみにとらわれることなく多様化する必要があることを認識し、いずれかの燃料の入手難という事態が生じたとしても、電力の長期安定供給を確保できるような供給体制を確立することとした。

② 石油は、その精製により、ガソリン、灯油、軽油、重油などの多種多様の油種を同時に連鎖的に生みだす資源であるから、原油のまま生焚きをすることは資源の有効活用上むやみに拡大すべきではなく、また、石油資源の有効活用をはかるためには、これら同時に生産される油種のすべてを無駄なくその特性に合わせて利用する必要がある。これらの公益性をはかる観点から、わが国の電気事業者においてもその火力発電所において、相当量の重油を使用しているものである。

③ 仮に、参加人が伊達発電所において原油を使用することとした場合には、前記のとおり、消防法及び電気事業法上の新たな許認可が必要であって、当該許認可を受けるに当たっては、厳格な審査を経なければならない。しかも、被控訴人が従来から繰り返し主張してきたとおり、伊達発電所には原油燃焼設備がないだけでなく、そもそも低硫黄原油を揚油する設備自体が、参加人はもとより、室蘭市陣屋町に設置している本件移送取扱所に係る発ターミナルの周辺地域にも存在しないのであるから、あらたに多額の費用を投下してこれらの設備を設置しなければならないこととなる。

(2) 控訴人らは、九電力会社の重油対原油の消費実績の比率等を基に、重油より原油使用が現在国内電力会社のすう勢なのである旨主張している。

しかしながら、控訴人らが主張する九電力会社による重油対原油の消費実績の各年度における比率の根拠が明らかでないだけでなく、九電力会社における重油対原油の消費実績及び受入れ実績の比率は、昭和六一年度においては、それぞれ五四対四六及び五三対四七であって、相半ばしており、しかも、ほぼ横ばい状態を示しているところである上、重油と原油の使用のどちらが現在の九電力会社のすう勢であるかは、それらの価格が経済事情等の変動によって変動するものであることを考慮すると、一概には決し得ないものがあるのであるから、控訴人らの主張に理由のないことは明らかである。

(あ) 重油及び原油の消費実績の傾向について

(ア) 重油及び原油の消費実績の統計数値の検討等

① 一九八七年度における重油及び原油の消費量の増加傾向について

電力会社において、一九八七年度における重油及び原油の消費量が一九八六年度におけるそれに比較して増加傾向を示しているが、その理由は次に述べるとおりである。

すなわち、景気の回復・拡大により一九八七年度における電力の需要が急激に伸びたため、電力会社において、これに対応する電力を供給する必要性が生じたが、同年度は、昭和一七年に出水量(水力発電に必要な水量)の測定を開始して以来、史上第二位という異常渇水にみまわれたため、水力発電による発電量が減少したこと等から、電力各社は、その有する原子力発電所及び火力発電所を高稼働させることによってこれに対処することとしたほか、電力需要のピーク時に対処するための発電所として位置付けられているために通常は稼働率の低い石油火力発電所の稼働率をも高めたことによるのである(<証拠>)。

また、一九八七年度においては、重油との関係で原油の使用比率が高まっているが、その理由は次に述べるとおりである。

すなわち、電力各社が有する石油火力発電所の中には、石油燃焼後の排煙に含まれている硫黄分を除去する装置が設置されていない発電所も存在し、また、特に工業地帯に位置している石油火力発電所においては、厳しい環境規制に対応するため、極力硫黄分の少ない石油を使用することが必要となったことから、この対応策として、これらの石油火力発電所において、低硫黄原油を使用したことによるのである。

以上述べたとおり、発電所における燃料消費実績の統計数値から今後の燃料の消費傾向を判断するためには、その時々の電力需要の動向、水力・火力及び原子力等の発電設備の構成、各発電設備の稼働状況等、様々な要因の分析が必要不可欠であり、この分析を離れて統計数値のみから表面的に判断することはできないのである。

② 世界的なエネルギー情勢について

一九七九年(昭和五四年)にフランスのパリで開催された国際エネルギー機関(IEA)の閣僚理事会においては、二度にわたる石油危機の経験を基に、石油依存度の引き下げを図ることとして、新たな石油専焼火力発電所の建設を原則として禁止する旨合意し(<証拠>)、また、翌年の一九八〇年(昭和五五年)にイタリアのベネチアで開催された先進国首脳会議(いわゆるベネチア・サミット)においても、右国際エネルギー機関の閣僚理事会の合意と同様、二度にわたる石油危機の経験を基に、石油依存度の引き下げを図ることとして、新たな石油専焼火力発電所の建設を禁止する旨合意しているところである(<証拠>)。

このような世界的なエネルギー情勢を踏まえ、わが国においても、電気事業者に対し、既に計画中のものを除き、原則として、石油火力発電所の新たな建設を行わないこととし、既設の石油火力発電所についても、石炭又はLNG(液化天然ガス)等の石油代替エネルギーを燃料とするように努めることとする旨の指針(<証拠>)を定めているところである。したがって、国際的にも、国内的にも、エネルギーの使用状況は、脱石油へと進んできていることは明らかである。

また、わが国における電力会社においては、原子力発電と石炭火力発電をもって電力エネルギー供給の柱とし、前記のとおり、石油火力発電は、電力需要のピーク時に対処する発電設備として位置付けているところから、わが国における電力エネルギー供給の趨勢としては、石油火力発電所の稼働率が低下してきているところであって、これに伴い石油消費量も減少傾向にある(<証拠>)。

③ 以上述べたとおり、控訴人らの、一九八六年以降重油、原油ともに消費量が増大する傾向がみられ、重油との関係で、原油の比率が一貫して増大する傾向にあることを留意すべきである旨の主張は、重油及び原油の消費実績の統計数値をその背後にある様々な要因を分析することなく表面的にのみとらえた推測にすぎないものであるから、右重油及び原油の消費実績の統計数値は、参加人が伊達発電所において原油を使用(移送)する可能性を論ずることの合理的根拠とはなり得ないことが明らかである。

(イ) 重油及び原油の消費実績と伊達発電所において原油を使用(移送)する可能性との関連性について

控訴人らが主張するように、一九八六年以降重油及び原油の消費量が増加傾向にあり、また、重油との関係で原油の比率が増大傾向にあるとしても、以下に述べるとおり、そのことと参加人の伊達発電所における原油使用(移送)の可能性とは何らの関連性を有しないことが明らかである。

① 参加人は、伊達発電所においては重油のみを使用し、苫小牧発電所においては重油に加え原油をも使用することとして、両発電所で使用する石油の種類をそれぞれ明確に区分しているところである。

② また、伊達発電所においては今後とも重油のみを使用(移送)し、原油は使用(移送)しない意思であることを明確に表明しているところであり、この参加人の意思は、通商産業大臣、被控訴人及び伊達市長によって確認されているところである。すなわち、参加人は、通商産業大臣に対し、伊達発電所において使用(移送)する燃料油種を「重油又は原油」から「重油」のみとする電気事業法上の変更認可申請をなし、昭和五三年一一月一四日付けをもって、同大臣からその旨の認可を得ているところであるし、その後、参加人が伊達発電所において今後とも「重油」のみを使用(移送)する意思を明確にする趣旨からも、また、右通商産業大臣の認可を得ていることから、それまで消防法及び電気事業法上不統一であったこれら許認可に係る使用油種を実態に適合させる必要からも、昭和六〇年八月二八日、本件移送取扱所において取り扱う油種を「重油及び原油」から「重油」のみとする消防法上の変更届を被控訴人に提出し、併せて、同日、伊達発電所の貯油タンクの貯蔵油種を「重油又は原油」から「重油」のみとする消防法上の変更届を伊達市長に提出したものであって、本件移送取扱所において取り扱う油種及び伊達発電所の貯油タンクの貯蔵油種を「重油」のみとする参加人の意思は、通商産業大臣、被控訴人及び伊達市長という公の機関によって確認されているのであるから、参加人の右意思決定は十分に尊重されなければならない。

③ しかも、伊達発電所には原油燃焼設備を設置していないだけでなく、そもそも低硫黄原油を揚油するために必要な加温設備を設置した揚油設備自体が、参加人はもとより、参加人が伊達発電所の使用燃料の供給を依存せざるを得ない日本石油精製株式会社にも存在しないのであるし、仮に参加人が伊達発電所において原油を使用(移送)することとした場合、消防法及び電気事業法上の新たな許認可が必要であるところ、右新たな許認可を受けるに当たっては、厳格な審査を受けなければならないのであるから、参加人にとって、今後とも伊達発電所においてあえて原油を使用しなければならない必然性は存在しないのである。

(い) 伊達発電所と苫小牧発電所の相違点について

控訴人らは、苫小牧発電所においては、主として原油が使用されていることのほか、同じ発電所で、同じ時期に原油及び重油が燃料として使われている旨主張している。

しかしながら、以下に述べるとおり、苫小牧発電所においては重油及び原油を使用しているからといって、そのことから直ちに伊達発電所においても苫小牧発電所と同様、重油に加え今後原油をも使用するものと決めつけることはできないのであるから、控訴人らの右主張に理由のないことは明らかである。

(ア) 参加人が苫小牧発電所において原油を使用しているのは、同発電所の建設当初から、同発電所では重油に加え原油をも使用することとして原油の揚油設備及び燃焼設備を設けていたためであり、苫小牧発電所では重油に加え原油をも使用し、伊達発電所では重油のみを使用(移送)し原油は使用(移送)しないこととしている事情については、既に主張したとおりである。

(イ) また、発電所において重油を使用する場合と原油を使用する場合とでは、そもそも発電所の設備構造が異なるのであるから、伊達発電所において重油を使用できるからといって、直ちに原油をも使用できるというものではないのである。

(ウ) したがって、控訴人らの右主張は、苫小牧発電所においては重油及び原油を使用しているという事実を指摘している限りにおいては正当であるが、そのことから直ちに伊達発電所においても苫小牧発電所と同様に重油及び原油を使用する可能性があるときめつけることはできないのであるから、控訴人らの右主張はその前提において理由がなく失当である。

(3) そして、控訴人らは、新東京国際空港航空機給油施設埋設工事中止仮処分申請事件の決定(千葉地裁昭和四七年七月三一日決定・判例時報六七六号三頁)において、千葉地方裁判所が、申請人適格の判断として、被害は少なくとも一キロメートル以上の地域に及ぶとの申請人の主張を認め、申請人適格を肯定する根拠としていることをとり上げ、周辺住民の生命、身体、及び財産を保護しようとする目的で原告適格を判断するのであれば、この判例に依らねばならないと主張している。

しかしながら、以下に述べるとおり、控訴人らの右主張もまた失当であることが明らかである。

すなわち、右仮処分申請事件においては、パイプラインで輸送される燃料は、引火点が三五度Cないし六三度Cあるいはマイナス二三度Cないしマイナス一度Cという航空燃料であって、本件移送取扱所が輸送するC重油の引火点が一二〇度Cないし一三〇度Cであるのと著しく異なる性質を有するものであるから、右仮処分決定の内容を本件にそのまま適用できるものでないことは明らかである。

理由

一請求原因1の事実に関する認定判断は、原判決理由一(原判決五五枚目表三行目から同表末行まで)に記載のとおりであるからこれを引用する。

二控訴人らの原告適格について

1  取消訴訟の原告適格

行政事件訴訟法九条に定める当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利もしくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであるが、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益をもっぱら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するということができる。

(一)  控訴人らは、原告適格の制限は、自己の利害に関係のない無用、無益な訴訟とか本案について理由のないことが一見して明瞭な訴訟などを排除することを目的とするから、「権利又は法律上保護された利益」に限定する理由は無く、より広く「法的保護に値する利益」を侵害されるおそれのある者は、原告適格を有すると解すべきであるとして、本件についていえばパイプラインの周辺住民は、パイプライン災害発生の不安に脅かされずに生活する利益を有するのは勿論元々良好な自然環境を享受する利益を有するのであるから、事故発生の有無に拘わらず存在そのものが環境を破壊している送油管の排除を求める利益を有するとの趣旨の下に上記生活上の利益なども、法的保護に値する利益として原告適格を基礎づける法律上の利益というべきであると主張する。

(二)  しかしながら、およそ時間と費用をかけて訴訟を提起する以上、自己の利害に関係のない無用、無益な訴訟とか本案について理由のないことが明らかな訴訟を提起する例は皆無ではないにしても極めて少ないことは、当裁判所に顕著な事実であるから、控訴人らの主張が右の稀少の事例を除くその余の事例を指すものとの解釈を前提とするならば、控訴人らの主張にかかる「保護に値する利益」なるものは、主張自体からみて生活上の利益一般をいうのであって、(法律上の利益に限らず)事実上の利益をも包含する極めて広範囲なものである。概していえば、利益の判定基準は不明確で、その範囲と深度をはかる尺度がない。現代社会において人間の営む生活上の各種利害を列挙すれば、ほとんど枚挙に暇がないが、これらが原告適格を基礎づける利益として認められるとすれば、行政事件訴訟法九条が取消訴訟を提起しうるのは「法律上の利益」を有する場合に限るとして、原告適格を限定した趣旨に合致しないことはいうまでもない。

換言すれば、右主張は、個人の権利利益の侵害からの救済を目的とする取消訴訟の領域に客観的違法の是正ないし救済を持ち込むものであつて、行政訴訟の種類別の観点からみると取消訴訟は客観訴訟に変質する結果、行政庁のなす行政処分は、社会的、経済的利益と抵触する限り訴訟を提起される可能性を宿し、かくて取消訴訟の領域は無限に拡大し主観訴訟としての性格は、有名無実に帰することとなるのである。

(三)  以上の次第であるから、控訴人らの主張する「保護に値する利益」は、取消訴訟提起の訴訟要件としての原告適格の基礎たる利益には当たらず、控訴人らの右主張は採用できない。

2  周辺住民の原告適格

周辺住民の生活環境に何らかの影響を及ぼす公共施設、公益的事業・企業施設、事業所などの設置許可処分などの行政処分をめぐり、周辺住民が環境利益の侵害を理由に取消訴訟を提起する場合も、被害法益の個人性を要件としない客観訴訟を認めないわが法制下においては、住民一般に共通する客観的利益の侵害があるというだけでは、原告適格を基礎づける「法律上の利益を有する者」ということはできない。

この場合においても、取消訴訟の原告適格が認められるためには、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含んでいることを要するのであって、当該行政法規及びそれと目的を共通する関連法規の関係規定によって形成される法体系の中において、当該処分の根拠規定が、当該処分を通して右のような個々人の個別的利益をも保護すべきものとして位置付けられている場合でなければならないのである。

(一)  ところで、消防法(昭和二三年法律一八六号)によれば、同法は、一般社会の「安寧秩序を保持し、社会公共の福祉の増進に資する」ことを行政目的とするものであって、右目的の達成のため「火災を予防し、警戒し及び鎮圧し、国民の生命、身体および財産を火災から保護」するほか、「火災又は地震等の災害に因る被害を軽減」しようとするもの(法一条)である。そのため、同法は、火災発生の原因物質である「危険物」(法二条七項により別表に掲げる発火性又は引火性物品をいうものとされる。重油についていえば、別表第四類の第三石油類に属する危険物とされている。ただし、同項は、昭和六三年法律五五号により「危険物とは、別表の品名欄に掲げる物品で、同表に定める区分に応じ同表の性質欄に掲げる性状を有するものをいう。」と改正された。)については強力な法の規制の下におくこととし、指定数量以上の危険物は、貯蔵所以外の場所でこれを貯蔵し、又は製造所、貯蔵所及び取扱所以外の場所でこれを取り扱ってはならない(法一〇条一項)こととしたうえ、製造所、貯蔵所又は取扱所においてする危険物の貯蔵又は取扱いは、政令(危険物の規制に関する政令)で定める技術の基準に従ってこれをしなければならない(同条三項)こと及び製造所、貯蔵所及び取扱所の位置、構造及び設備の技術上の基準も政令でこれを定めることとしている(同条四項)。

(二)  法一〇条にいう製造所とは危険物を製造する目的をもって指定数量以上の危険物を取り扱うため法一一条一項による許可をうけた場所であり、取扱所とは、危険物の製造以外の目的で指定数量以上の危険物を取り扱うため同条同項により許可をうけた場所をいい、その場所には建築物その他の工作物、空地及び付属設備が含まれ、危険物取扱いの態様により、給油取扱所(固定した給油設備によって自動車等の燃料タンクに直接給油する取扱所)、販売取扱所(店舗で容器入りの危険物を販売する取扱所)、移送取扱所(配管及びポンプ並びにこれらに付属する設備によって危険物の移送を行う取扱所)、一般取扱所(右に該当しない、例えばボイラー、バーナーなどの取扱所)の種別があるものとされている(政令三条)。

さて、本件処分の対象である参加人の所謂パイプライン施設は、前記のように配管及びポンプ並びにこれらに付属する設備によって危険物の移送の取扱いを行う移送取扱所に該当するものであるところ、本件移送取扱所は、二以上の市町村の区域に跨がって設置される移送取扱所であるから法一一条一項四号により、これが設置される区域を管轄する被控訴人が政令の定めるところにより設置又は変更につき許可の権限を有するのであるが、法一一条二項、三項によれば、被控訴人は、前記許可申請があった場合において、その取扱所の位置、構造及び設備が法一〇条四項に定める技術上の基準に適合し、かつその取扱所においてする危険物の貯蔵又は取扱いが公共の安全の維持又は災害の発生の防止に支障を及ぼすおそれがないものであるときは許可を与えなければならないとされており、右規定を受けて政令一八条の二は、移送取扱所の位置、構造及び設備の技術上の基準は、石油パイプライン事業法(昭和四七年法律一〇五号)五条二項二号に規定する事業用施設にかかる同法一五条三項二号の規定に基づく技術上の基準に準じて自治省令で定める旨規定し、右自治省令として危険物の規制に関する規則は、二八条の二から同条の五一までに詳細な定めをしており、更に危険物の規制に関する技術上の基準の細目を定める告示がその細目を定めている。

(三)  元来、火災は、放火、失火その他の原因による出火により人の意図に反して発生し、拡大し、消火の必要のある燃焼現象とされ、現代社会においてはその安寧秩序を害し国民の生命、身体、財産に対し甚大な被害をもたらし、社会不安を醸成するものであるから有力な発生原因物質である危険物に対し上記の行政上の規制を加えるほか、消防法は、火災の予防や消防活動の障害となる物件の所有者等に消防長等は火災予防措置を命ずることができる(三条)とし、建物の建築等の許可について消防長等の同意を要する(七条)ものとし、一定の防火対象物について消防用設備の設置義務を負わせる(一七条)などして、火災の予防、警戒をなしており、これらが火災発生場所と周辺住民の火災からの保護を目的とするものとすればひとり移送取扱所についてのみ付近住民の利益保護を除外したと解することはできない。すなわち、移送取扱所とそれが取り扱う危険物に対する上記規制は、直接の相手方のみでなく周辺住民にとっても等しく無関心たりえない、利害関係の切なる事柄であるといえる。いうまでもなく、移送取扱所のみならず危険物の製造所、貯蔵所及びその他の取扱所に一度事故が発生すれば、火災による被害は、周辺住民に及びうるから上記規制の一環としての行政処分の名宛人でない第三者であっても、当該行政処分により権利利益を侵害され又は侵害されるおそれのある限り、当該行政処分の取消訴訟を提起することが認められなければならないものと考える。

もっとも、法一一条一項の許可は、右移送取扱所の位置、構造及び設備が法一〇条四項の技術上の基準に適合することと当該取扱所においてする危険物の取扱いが公共の安全の維持又は災害(災害対策基本法二条一号によれば、暴風、豪雨豪雪、洪水、高潮、地震、津波、噴火その他の異常な自然現象又は大規模な火事もしくは爆発その他その及ぼす被害の程度においてこれらに類する政令で定める原因(放射性物質の大量の放出、多数の者の遭難を伴う船舶の沈没その他の大規模な事故)により生ずる被害をいうものとされている。)の発生の防止に支障を及ぼすおそれがないものであることの二つの要件を満たす場合に許可を与えることを義務づけられる(同条二項)のであるから、第三者たる個人が上記許可を争うためには、まず、原告適格を裏付けるべく火災等による災害によって個人の利益が侵害される具体的な危険があることが立証されなければならないうえに、更に実体上の処分取消事由として上記許可の二要件のすべてもしくはそのいずれかが満たされていないことが証明されなければならないのである。したがって、処分の相手方以外の第三者たる個人は、消防法上の保護法益(前記二要件によって保障された利益)以外の利益が侵害されることを理由に当該取扱所の設置許可処分の取消しを求めることは認められない。消防法上の保護法益以外の利益侵害については、当該利益を保護する行政法規が存在するときは、当該行政法規の認める争訟手続により、また当該利益が私法上保護されたものであれば私法上の権利として民事訴訟により争うべきものである。

(四)  ところで、被控訴人は、移送取扱所設置許可処分は、周辺住民に生命、身体、財産に対する危険の受忍を強制するものではなく、この面において公定力を有しないとし、したがって右処分が有効に確定しこれを取消しえなくなった後においても、もし第三者たる周辺住民の生命、身体、財産に対する差し迫った危険があるのであれば本件移送取扱所設置者に対して、直接適切な措置等を要求する民事訴訟を提起しうるから周辺住民に右処分の取消しを求める利益はないと主張する。

しかし、右処分が周辺住民にその生命、身体、財産に対する危険受忍義務を課するものでないことは勿論であるが、処分の取消しを求める訴えと民事上の差止請求とは、それぞれ認容されるための要件、審理の対象、認容された時の成果を異にするのであるから本件移送取扱所設置によって、生命、身体、財産に対し差し迫った侵害を被る周辺住民がその侵害を排除するため本件移送取扱所設置者に対して所論民事訴訟を提起しうるのは当然のことであって、そうであるからといって周辺住民に右処分の取消訴訟を提起する利益がないということはできない。

また、被控訴人は、移送取扱所設置許可は申請者に対して一定の移送取扱所を設置しうる法的地位を付与する処分に過ぎず、それのみでは、移送取扱所の設置工事をし、あるいは移送取扱所を使用しうる地位を申請者に取得させるものではないからそれによって直接周辺住民の利益が侵害されることはありえない。移送取扱所の使用等によって周辺住民に被害が生ずるというのであれば、密接な関係にある移送取扱所の使用前検査合格等の処分について周辺住民にこれを争う原告適格を認めるかどうかを問題とすれば足り、設置許可の段階から周辺住民にその違法を争わせる実益に乏しいと主張する。

しかしながら、移送取扱所設置許可処分は、移送取扱所に対する段階的法的規制の最初に位置し、当該移送取扱所の設置計画が法一一条二項の設置基準に適合するか否かを審査する基本的処分であり、右処分にあたり許可権者はその使用の安全性についても審査を行うことは同条同項の規定に照らし明らかであること、法一一条五項、政令八条三項によれば、使用前の完成検査は、完成した設備が基準に適合していれば合格とされるものであって、これらの点を考えると、たとえ行政上の規制の部分的処分に対し取消訴訟を提起しうるものとしても、そのゆえに基本的処分である移送取扱所設置許可処分に対し取消訴訟を提起する実益がないということはできない。

したがって、被控訴人の右主張は採用できない。

3  本件取消訴訟における原告適格

(一)  控訴人らは、本件処分の直接の当事者ではなく、いずれも、伊達市に居住する者であって、本件移送取扱所が設置されることにより、あるいは伊達発電所の操業により、(1)本件送油管が破損して原油等が漏洩し爆発、火災が起きると、大量の煙、有毒ガス、引火性ガスが発生し、風向きによっては控訴人らの住居に到達し、火気が存在すればそこで二次火災が発生すること、(2)本件送油管から原油等が漏洩すれば、勾配のある地形のため地表を流下し、あるいは大小二七の河川を流れ下り、控訴人らの居住地域に原油等が到達し、これに火がつけば原油等の流れに沿って火が走ること、(3)地中で漏油した場合には、地下水が汚染されるばかりでなく、地下水の流れに従い伊達市営の上水道用掘抜き井戸に混入するおそれがあるほか、漏油が河川を経由して海に入れば漁業にも被害が生ずること、(4)本件送油管の存在により爆発、火災発生の不安感、不眠症など健康上の被害があること、(5)伊達発電所の操業により大気汚染、温排水による漁業被害が生ずることなど原判決添付別紙予測一覧表記載のとおりの被害を受けるおそれがあることをもって、本件訴訟の原告適格を有することの具体的根拠としているものである。

(二)  控訴人らが伊達市に居住する住民であって本件送油管の経路と控訴人らの住居との位置関係は、原判決添付別紙図面に表示したとおりであり、控訴人らの住居から本件送油管までの最短距離は、控訴人松田は三〇〇メートル、同佐々木は九〇〇メートル、同斉藤は一五〇〇メートルであることは控訴人らにおいて自認するのみならず被控訴人においても認めて争わないところである。

(三)  しかしながら、弁論の全趣旨によって認められるとおり本件移送取扱所は、昭和五三年一一月三〇日伊達発電所の運転開始と同時に燃料油(重油)の移送を開始し、それ以来一一年の歳月を経過したが一度も故障をしたことはなく、無論事故が発生したことはなく、控訴人ら主張のような著しい被害が生じた事実のないことは、明白である。

右事実は、経過した期間及び原、当審における検証の結果により認められる本件移送取扱所の運営の模様、送油管設置の状況等と合わせ、本件移送取扱所の設置許可処分について控訴人ら所論の被害発生の蓋然性の少ないこと、したがって右処分に所論の瑕疵がないことも一応推定させる資料となりうるということができる。

(四)  もっとも、消防法をはじめ本件の関係法令には、周辺住民の行政手続参加はともかくとして、被害発生の場合における損失補償等の規定を欠いており、移送取扱所の操業により周辺住民の生命、身体等に危険が生ずる場合でも周辺住民に受忍すべき義務を課しているとは解することができないことは前記のとおりであるから、控訴人らのいうとおり本件移送取扱所設置許可処分の際の安全審査に瑕疵があり、このため生ずる事故により受忍限度を超える著しい被害を受ける蓋然性があることが証明されるときは、取消訴訟を提起することが認められるべきであるから、前記推定資料があるからといって直ちに原告適格が否定されるものではないことは、いうまでもない。

(五)(1)  ところで、前記2の(二)において挙示した「危険物の規制に関する規則」二八条の一六及び同規則の規定に基づき制定された「危険物の規制に関する技術上の基準の細目を定める告示」三二条は、地上に送油管等の配管を設置する場合、当該配管と既存施設との間に設けるべき水平距離について、次のとおり定めている。

「(施設に対する水平距離等)

第三十二条 規則第二十八条の十六第二号(規則第二十八条の十九第四項及び第二十八条の二十一第四項において準用する場合を含む。)の規定により、配管は、次の各号に掲げる施設に対し、当該各号に定める水平距離を有しなければならない。

一  鉄道又は道路(第十三号に掲げる避難道路を除く。)

二十五メートル以上

二  高圧ガス取締法(昭和二十六年法律第二百四号)第五条第一項の規定により都道府県知事の許可を受けなければならない高圧ガスの製造のための施設、同法第十六条第一項の規定により都道府県知事の許可を受けなければならない貯蔵所又は同法第二十四条の二第一項の規定により都道府県知事に届け出なければならない液化酸素の消費のための施設

三十五メートル以上

三  液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律(昭和四十二年法律第百四十九号)第三条第一項の規定により通商産業大臣又は都道府県知事の許可を受けなければならない販売所であって三百キログラム以上の貯蔵施設を有するもの

三十五メートル以上

四  学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第一条に規定する小学校、中学校、高等学校、高等専門学校、盲学校、聾学校、養護学校又は幼稚園

四十五メートル以上

五  児童福祉法(昭和二十二年法律第百六十四号)第七条に規定する児童福祉施設、身体障害者福祉法(昭和二十四年法律第二百八十三号)第五条第一項に規定する身体障害者更生援護施設、生活保護法(昭和二十五年法律第百四十四号)第三十八条第一項に規定する救護施設、更生施設若しくは医療保護施設、精神薄弱者福祉法(昭和三十五年法律第三十七号)第十八条第一項に規定する精神薄弱者援護施設、老人福祉法(昭和三十八年法律第百三十三号)第十四条第一項に規定する老人福祉施設若しくは同法第二十九条第一項に規定する有料老人ホーム、母子福祉法(昭和三十九年法律第百二十九号)第二十一条第一項に規定する母子福祉施設、職業訓練法(昭和四十四年法律第六十四号)第十四条に規定する身体障害者職業訓練校であって二十人以上の人員を収容することができるもの

四十五メートル以上

六  医療法(昭和二十三年法律第二百五号)第一条に規定する病院

四十五メートル以上

七  都市計画法(昭和四十三年法律第百号)第十一条第一項第二号に規定する公共空地(同法第四条第五項に規定する都市計画施設に限る。)又は都市公園法(昭和三十一年法律第七十九号)第二条第一項に規定する都市公園(第十三号に掲げる避難空地を除く。)

四十五メートル以上

八  劇場、映画館、演芸場、公会堂その他これらに類する施設であって三百人以上の人員を収容することができるもの

四十五メートル以上

九  百貨店、マーケット、公衆浴場、ホテル、旅館その他不特定多数の者を収容することを目的とする建築物(仮設建築物を除く。)であって、その用途に供する部分の床面積の合計が千平方メートル以上のもの

四十五メートル以上

十  一日に平均二万人以上の者が乗降する駅の母屋及びプラットホーム

四十五メートル以上

十一  文化財保護法(昭和二十五年法律第二百十四号)第二十七条第一項、第五十六条の十第一項、第六十九条第一項若しくは第九十八条第二項の規定により、それぞれ重要文化財、重要民俗資料、史跡若しくは重要な文化財として指定され、又は旧重要美術品等の保存に関する法律(昭和八年法律第四十三号)の規定により、重要美術品として認定された建造物

六十五メートル以上

十二  水道法第三条第七項に規定する水道施設であって危険物の流入のおそれのあるもの

三百メートル以上

十三  災害対策基本法(昭和三十六年法律第二百二十三号)第四十条に規定する都道府県地域防災計画又は同法第四十二条に規定する市町村地域防災計画において定められている震災時のための避難空地又は避難道路

三百メートル以上

十四  住宅(前各号に掲げるもの又は仮設建築物を除く。)又は前各号に掲げる施設に類する施設であって多数の者が出入りし、若しくは勤務しているもの

二十五メートル以上

(本条の一部改正あり〔昭和六二年一二月自治省告示二〇〇号・六三年一月四号・四月六六号〕)」

(2) 右告示三二条は、移送取扱所周辺住民の身体、財産等の保護等を目的として、実際的、技術的裁量の合理性を担保するべく定められたものであって、法令及び規則の内容を埋める法規であり、法令の一部となったものというべきであるのみならず、送油管その他移送取扱所施設と住宅等との間に設けるべきものとされた距離は、配管内を移送される危険物に起因する事故により社会通念上受忍すべき限度を超える被害の発生を避けるに足る安全確保のための保安距離を定めるものというべきであり、換言すると、その範囲内においては、事故が起きた場合に被害が生ずる蓋然性があることを前提として定められたものというべきであるから、同条一四号その他の規定(原、当審検証の結果によれば、本件は農村地帯であり、本件証拠上では、関係範囲に避難空地、避難道路、水道施設等は見当たらない)に照らせば、送油管等の移送取扱所が地上にある場合、右移送取扱所から二五メートルの距離の範囲内に住居を有する住民については被害を被る蓋然性を具体的に判断するまでもなく当然原告適格を認めるべきであると考えられる(この場合保安距離違反となれば処分取消事由ともなりうる)。のみならず、この保安距離を超える部分に住居を有する住民についても、これを超えているからといって当然に原告適格が否定される訳ではなく前記のように処分に瑕疵があった場合に想定される事故によって自己の生命、身体、財産に直接的な被害が及ぶことを証明したときは、原告適格を認めるべきである(なお、規則二八条の一二、告示二四条は、送油管等の配管が地下に埋設された場合の当該配管と既存建築物(地下街内の建築物を除く)との間に設けるべき水平距離を1.5メートル以上と定めているが、原審及び当審における検証の結果並びに弁論の全趣旨によると、本件送油管はそのほとんどが地下に埋設されているものの、一部は地上に設置されていることが認められるところ、本件送油管に事故が発生した場合、事故発生箇所が地上にある場合と地下にある場合とでは、前者の方が被害が大きくなるであろうことは容易に推測がつくところであるから、本件において控訴人らの原告適格の有無を判断する際には、被害が大きいと推測される本件送油管が地上に設置されている場合のことを考察することが必要にして十分というべきである)。

(3) しかるに、控訴人らが右範囲に住居を有しない住民であることは前記認定のとおりであり、また、本件においては、処分に瑕疵があった場合に想定される(原告適格を考えるうえで考慮すべき)事故としては重油(なお、控訴人らは原油についても考慮すべきであると主張するが、現在参加人が使用している燃料はC重油だけであり、原油を使用していないことは当事者間に争いがないところ、<証拠>によれば、参加人は本件移送取扱所において取り扱うべき危険物を原油及び重油として本件許可を受けたものの、その後昭和六〇年八月二八日消防法一一条の四の規定に基づきこれを重油のみとする変更届を伊達市長に提出して受理されたことが認められるうえ、弁論の全趣旨によれば参加人には当面原油を使用する予定(意思)はないことが窺えること、また、昭和六三年法律五五号による改正前の消防法一一条の四第一項(右改正後の同法同条一、二項参照)、電気事業法四一条同法施行規則三一条別表第二によれば、参加人が本件移送取扱所において原油を取り扱うためには、新たな許認可及び設備新設を要することから原油については考慮の対象外とすることとする)の漏出事故であると推察されるが、原、当審における検証の結果及び弁論の全趣旨によればC重油は引火点が一二〇ないし一三〇度(摂氏)、流動点が四〇ないし四五度(摂氏)であって、常温では固まってしまう性質を有することが認められるから、仮に漏出があったとしても直ちに固まってしまい、控訴人らが主張するような爆発或いは地表を伝わって控訴人らの住居に到達して引火、火災となるというような事故が起きるという蓋然性は極めて低く、ことに控訴人らの住居までの距離、地形を考慮すると漏出事故によって控訴人らがその生命、身体、財産に被害を受ける(避難して逃げる時間的余裕もある)蓋然性があるとまでは認めるに足りない。

(六)(1) なお、<証拠>によれば、アメリカにおいては、一九六八年から一九七一年までの間、年間三〇〇件ないし四〇〇件の割合でパイプライン事故が発生したと記載されておりその件数をみるかぎり少なくないことが窺われるが、事故の内容自体全く不明であるのみならず、同書面によればアメリカでは、パイプラインの総延長が三六万キロメートル(一九七一年)にも及ぶうえ、その施工時期が古く、技術的にも未熟で不良材料を使用した老朽施設が多いためであるというのであり、また同書面によれば、その殆どが一九五〇年以後に建設されたヨーロッパにおけるパイプライン(総延長が一万二〇〇〇キロメートル)の事故(その内容は不明である)件数は、一九六六年から一九六九年までの間において一二件であり、事故原因も大部分が第三者又は操作員のミスによるというのであり、更にわが国における昭和四二年から同四六年までのパイプライン事故は、合計八件あるが、いずれも小規模漏洩事故で火災も発生せず死傷者も出していないというのであるから、右証拠は、本件では適切な資料ということはできない。

(2) また、わが国におけるパイプライン事故として火災の発生した例は、次のものしかみあたらない。すなわち、<証拠>によれば、昭和四七年七月三〇日午前五時二〇分頃新潟県頸城郡板倉町大字山越三九六番地先帝国石油株式会社頸城鉱業所別所集ガス送油線(パイプライン)で発生した事故が殆ど唯一のものであること、同事故は、同町山部地区内において天然ガス採取作業施設から採掘される原油を同町吉増地区内タンクローリ積込所に輸送するパイプライン(直径7.5センチメートル、総延長二四〇〇メートル)の非常閉止弁が破損し原油が流出し付近の用水路に流れ込み、用水路下流でしていた焚き火の火が用水路や水田に流れ込んだ原油に引火し延焼したというものであること、右地域は、本件と同じくわが国のどこにでもみられる普通の農村地帯で、火災は約一時間続いたが、水田水稲の焼失(板倉町の罹災確認によると2222.6平方メートル)があったにとどまり、そのほかには格別の被害はなく、ドライケミカル消化器等で消し止められたことが認められる。

前掲証拠によれば、前記送油線(パイプライン)の施設は、精緻なものではなく、原、当審における検証の結果及び原判決理由中に挙示した証拠により被控訴人主張の構造、機能、設備を有すると認められる本件移送取扱所の施設、送油管とは比較すべくもないものであることが窺われるから、右事実も本件において控訴人らが原告適格を有することを肯認するための適切な資料とはなしえないものというべきである。

(七) その他、控訴人らに原告適格を認めるべき事情は存在しない(控訴人らの前記主張の中には消防法の保護法益とは異なる法益の主張があるけれども、前記理由により右主張は取り上げることができない)ので、控訴人らは本件取消訴訟の原告適格を有しないというほかはない。

三よって、控訴人らの訴えを却下した原判決は正当であって、本件控訴は理由がないからいずれも棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官仲江利政 裁判官小池勝雅 裁判官宗方武は転補につき署名、押印できない。裁判長裁判官仲江利政)

別紙<省略>

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